・エピローグ 放蕩娘の帰還 - 早いとか遅いとか -
「アリク様は、やさしいですけど……ときどき、お人がわるいです……」
「ホントだよ、もーっっ!! ああ、悔しい悔しい悔しぃぃーっっ!!」
そろそろここも冷えてきた。
俺もそろそろ暖かい寝室に引きこもりたい。
荒れるリアンヌをほっといてソファーから腰を上げると、俺より先にリアンヌがカナちゃんの手を引いた。
「あ、私の部屋行く!?」
俺は知っていた。
どうせ今夜もこうなるんだって。
「僕、昨日も夜更かしだったし、今日は早寝したいんだけど……」
「寝かせないし! 朝まで3人でおしゃべりしよ!」
「あの……うちは、おじゃま――」
邪魔なわけない。
「邪魔なわけないよーっ! 王都での私の話、2人に聞いてほしいんだからー!」
「朝までかかるの、それ……」
「アリクとカナと一緒なら、一晩なんて一瞬だよ!」
「そう……なら今日は付き合うよ。行こう、カナちゃん」
リアンヌの部屋はもう暖まっているそうなので、少しだけ付き合ってあげることにした。
仲の良い3人で階段を上がり、盾や迷宮由来の宝物でいっぱいのリアンヌの部屋におじゃました。
ベッドにはリアンヌとカナちゃん、俺は暖炉前のイスに腰掛けた。
それからリアンヌの王都での武勇伝を聞いてあげた。
涙あり、友情あり、裏切りありのデュエルバトルとやらが、あちらでドラマチックに繰り広げられていた。
「で、カナは!?」
「え……うち、ですか……?」
「アリクの活躍はリドリー様から毎日聞いてたから、カナが何してたか知りたいなぁ!」
「それは僕も興味ある」
そのまた一方で、カナちゃんおよびターニャさんは、グリンリバーでの食道楽を楽しんでいた。
お菓子の話はさておき、B級グルメの話は俺も強く興味をひかれた。
「たべものの、はなしばかりで……はずかしいです……」
「そんなことないよーっ! ああ、お腹空いたぁぁ……っ」
俺は――俺は政治や開拓の話をしたかったけど、さすがにそれはひかえた。
2人の話を聞いているだけで楽しかった。
きっとこのひとときは思い出として長く記憶に残る。
そう思い込んでしまうくらいに楽しい夜だった。
ただ、朝までおしゃべりなんてそんなの無理だ。
カナちゃんがついに限界を迎えて眠ってしまうと、リアンヌはベッドを譲って、俺の向かいの席にやってきた。
俺もカナちゃんの隣で寝たかったけど、リアンヌがどうも静かなので、様子をうかがった。
「そういえばさ……。アリクはあの話、聞いた?」
カナちゃんを気にしてかリアンヌは声をひそめて言った。
「君らしくもないもったいぶった言い方だね。何か気になることでも?」
俺も声を小さくして、代わりにイスを引いてリアンヌに顔を少し近付けた。
「ん……うーん……あの……なんて言ったらいいのかな……。でもその様子だと、まだ聞かされてないっぽい……?」
「誰に?」
「親に」
親。その単語1つにギクッとさせられた。
リアンヌがやけにおとなしくて言葉を迷うのも不穏だった。
「当ててみてよ。いつもの天才っぷりでさ……」
「僕はそんなに賢くないよ。たくさん記憶できる分、応用が利くだけ」
「いいから当ててみてってば……。こっちは凄く言いにくいんだから……」
いつだって人をまっすぐに見つめる女の子が視線を合わせなくなった。
居心地悪そうに左右の指と指を合わせて、右手の暖炉ばかりを眺めている。
そんな彼女はときおり、恐る恐るこちらを視線を送ってくるけど、別人のような臆病さで逃げてしまう。
なるほど。
もはや推理を働かせるまでもなかった。
「ここ、カナン王国ある土地は、今日まで幾多の王朝が現れ、入れ替わってきた。アイギュストス大公家は、その古い王朝の1つだ」
「え、そうなの……?」
「そうだよ。カナン家がアイギュストス大公国の家臣だった頃もあったんだ。一歩間違えれば、僕が公子で、君が王女だったかもしれないね」
「うぇー……やだ、王女とか絶対向いていない……」
公女に向いているかも怪しいものだけど。
でもこれを言うと話がこじれるから我慢しよう。
「カナン王家からすると、君の家は頼もしい相棒であると同時に、とても厄介な存在だ。大公様がテレジアに味方しなかったのは、僕たち王家にとっては幸運以外の何ものでもなかった」
「……え、てれじあ? それ誰?」
「僕を毒殺しようとして自滅したオバさんがいたでしょ、昔」
「あーー……。そういえばそんな人、いたっけ……?」
「いたよ。父上は君のお父さんに、友情以上に強い恩義を感じている。大公様はとても聡明なお人だ」
どちらに味方すれば国が栄えるか、彼はわかっていたのかもしれない。
「へへへ……だって私のお父様だもん」
散々泣かせておいてよく言うよ。
「つまり、要するに……」
「う……うん……」
ここから先はとても言いにくい。
いや、ここから先を言うために回りくどい言い回しをしたのだけど……。
実際にそれを口にするとなると、覚悟と勇気が必要だった。
「リアンヌ」
「うん……何、アリク……?」
綺麗でかわいい年上の公女様が、恥ずかしそうな上目づかいで俺を見ている。
「僕たちの婚約は、僕たちが思っている以上に重要なんだ。僕は王子で、君は公女。親や領民の幸せを考えれば、早いとか遅いとか、そんなことは言っていられない」
ついつい忘れてしまうけれど、俺たちは政略結婚の割り符同士だ。
求められれば従う他にない。
大公家はその気になれば独立できる。
カナン王家の権威が弱まれば弱まるほど、俺の婚約者の家は危険な政敵に変わる。
「婚約じゃ足りないんだ。正式な婚姻を結んで2つの家を1つにしなければ、僕たちの両親は不安でたまらないんだ」
決まったのは俺たちの結婚の日程だ。
リアンヌは俺の遠回しな答えに身を小さくしてうなずき、深いため息を吐いた。




