・エピローグ 放蕩娘の帰還 - ただいまお父様 -
「わぁ……意外ときれー……」
「磨くとさらに綺麗になるよ。でも他の岩盤よりもろいから、慎重にね?」
「あ、やーらかい……。ゆるゆるのやすーーーい、絹ごし豆腐みたい」
「そこまでではないと思うけど……君からするとそうなのかもね」
リアンヌは突き刺したスコップを戻し、何を考えたのか浅く蛇紋石を削いだ。
綺麗に削り取られたその石にカンテラを当ててあげると、内部に含まれる輝石が光を受けて輝いた。
「ねぇアリク……?」
「ん、何、珍しくもったいぶった言い方して?」
「これ、ちょうだい……?」
「いいけどどうするの?」
「これ気に入ったから、持って帰る!」
「あ、うん、別にいいけど……」
「あーでも、トンネル細くて運びにくいなぁ……」
「……ん? はい?」
このトンネルは蛇紋石の岩塊を運び出すくらいなら、なんでもない道幅がある。
なのにリアンヌは細くて運びにくいと言う。
「ちょっと待ってリアンヌ。君は具体的に、どれくらいの蛇紋石を、外に運び出すつもりなのかな……?」
「えへへへっ、くれるって言ったよねー? 言質取ったよ、私ー? 今さらケチ臭いこと言わせないんだから!」
「君が欲しいならなんだってあげるよ。で、どれくらい運び出すつもりなの……?」
「それはー……。こっからっ、ここまでっ、板状にして切り抜いて外に運ぶのっ!!」
高さ2mちょっと、幅5mほどをまるごといただいてゆくと、俺の婚約者は今そう言ったのだろうか。
「いくら君でも背骨へし折れるよ……?」
「いけるいける! これ持って帰ったら、お父様すっごくっ、びっくりすると思うもん!!」
「そりゃそうだけど……。ドラゴンでもそんなことしないと思うよ……」
鉱床は後回しにして、リアンヌは蛇紋石の鉱床が終わった先まで進み、その先を2倍の道幅に広げていった。
あれを外に運び出すなら、広いに越したことはない。
明日急いで梁を立ててもらうことにして、彼女のしたいようにさせた。
リアンヌはいともたやすく終点までたどり着くと、眼下に広がる故郷の姿に明るい声を上げた。
「すごっっ、魔法みたい!! あたしんちとアリクんちがご近所になっちゃった!!」
「カナちゃんも似たようなことを今朝言ってたよ」
開通した昨日のように、辺りは夕日に照らされてまぶしく輝いていた。
けどそんなに海の方を熱心に見られると、いつか他の大陸に飛び出していくんじゃないかって、こっちはちょっと寂しくなる。
「あれ……なんか、お父様に会いたくなっちゃった……」
「え、今さら……? もう少し早くホームシックにかかってくれたら、大公様も気を揉まずに済んだかもね」
「でもお土産持って帰らなきゃ!」
「いや、君……本気……? 運ぶにしても何トンあると思ってるの……?」
「だって気に入っちゃったんだもん!」
労働者さんたちが岩塊を外に運ぶ中、リアンヌはトンネルの奥に引き返した。
働き手でごった返していたから、後を追わずにリアンヌの帰りを待った。
すると――
「と、とんでもねぇぇ……っっ?!!」
「うぉぉぉーっっ、そんなのありかよぉーっ?!」
労働者さんたちがトンネルの奥から逃げ出してきた。
蛇紋石の巨大な壁を抱えたやつが後ろに迫ってきたら、誰だってそうなるだろう。
「さ、一緒に帰ろー、アリク!」
「そんな、バカな……」
今のリアンヌなら、ダンプカーすら持ち上げられるかもしれない。
彼女は頭上を覆うほどの巨大な石壁を両手に掲げ、嫌がる俺の隣を歩いた。
「さすがに重い! 落としちゃったらごめんね」
「ごめんねじゃ済まないよっ、下手すれば死人が出るよっ!?」
「じゃあ、がんばる! アリクも手伝って!」
「それはとてもスリルのあるお願いだね……」
命の危険を感じるけれど、断るわけにはいかないのでリアンヌの後ろに回って支えた。
「隣にきてよー?」
「君と対等な筋力があればそうしたよ……」
地響きを立てながらリアンヌは山を下った。
当然こちら側の労働者たちは恐れおののき、合流していた八草さんも命が惜しいのか距離を置いた。
「お父様、喜ぶだろうなぁ……!」
「驚いて腰抜かすの間違いじゃないかな」
「あははっ、それも面白くていいねっ!」
俺たちは丘を下り、民の注目を浴びながら市街を練り歩き、アイギュストス邸の前まで戻ってきた。
これだけの騒ぎだ。
大公様は玄関先で娘を待ちかまえ、その姿を眼中にいれると、頭を抱えてうずくまった。
「お父様、帰りが遅くなってごめんなさい! リアンヌ・アイギュストス、ただいま帰りましたーっっ!!」
「心中お察しします……。リアンヌ、こんなのさっさとどっかに捨てようよ」
「捨てるとは失礼な! これはお父様へのお土産なんだから!」
「学校から帰ってきた小学生が、親にカエルを見せるようなものだと思うけどな……」
潰されたくないので大公様の隣に逃げると、リアンヌは庭園にその巨大な蛇紋石の壁を軽々と庭園に置いた。
蛇紋石は渋みのある美しい石だけど、注目はリアンヌという星に奪われていた。
「お父様、ただいま! ただいまだってばーっ!」
「ああ……お帰り……。まったく、お前という娘は……普通に帰ってくることができないのか……」
「ごめんなさい、お父様!」
リアンヌは父親の胸に飛び込んだ。
ついさっき突発的に発生したホームシックを癒すために、父親に甘えた。
「アリク殿下、この宝壁はカナン王家からの賜り物として……そうですね。広場に置き、碑文を掘らせましょう……」
「うん、それは良い使い方だね」
「リアンヌ、人前で親にしがみつくなんて恥ずかしいですよ。すぐに屋敷に入りなさい」
「うん……。寂しかった、お父様……」
あれだけ八方から言われたのに、それでも一度も帰省しなかった君がよく言うよ……。
「晩餐の準備をさせています。殿下、八草殿、どうぞ中へ」
「悪ぃけど俺ぁ帰るよ。なんかカナに会いたくなっちまった……」
「フフフ……あの子はとてもいい子です。この娘と、性格を交換してほしいほどに」
「そいつは勘弁してくだせぇよ! あ、こりゃとんだ失礼を……」
俺は八草さんと別れてお屋敷に上がり、一足先に湯浴みで肌を清めさせてもらった。




