表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
231/271

・エピローグ 放蕩娘の帰還 - ただいまお父様 -

「わぁ……意外ときれー……」

「磨くとさらに綺麗になるよ。でも他の岩盤よりもろいから、慎重にね?」


「あ、やーらかい……。ゆるゆるのやすーーーい、絹ごし豆腐みたい」

「そこまでではないと思うけど……君からするとそうなのかもね」


 リアンヌは突き刺したスコップを戻し、何を考えたのか浅く蛇紋石を削いだ。

 綺麗に削り取られたその石にカンテラを当ててあげると、内部に含まれる輝石が光を受けて輝いた。


「ねぇアリク……?」

「ん、何、珍しくもったいぶった言い方して?」


「これ、ちょうだい……?」

「いいけどどうするの?」


「これ気に入ったから、持って帰る!」

「あ、うん、別にいいけど……」


「あーでも、トンネル細くて運びにくいなぁ……」

「……ん? はい?」


 このトンネルは蛇紋石の岩塊を運び出すくらいなら、なんでもない道幅がある。

 なのにリアンヌは細くて運びにくいと言う。


「ちょっと待ってリアンヌ。君は具体的に、どれくらいの蛇紋石を、外に運び出すつもりなのかな……?」

「えへへへっ、くれるって言ったよねー? 言質取ったよ、私ー? 今さらケチ臭いこと言わせないんだから!」


「君が欲しいならなんだってあげるよ。で、どれくらい運び出すつもりなの……?」

「それはー……。こっからっ、ここまでっ、板状にして切り抜いて外に運ぶのっ!!」


 高さ2mちょっと、幅5mほどをまるごといただいてゆくと、俺の婚約者は今そう言ったのだろうか。


「いくら君でも背骨へし折れるよ……?」

「いけるいける! これ持って帰ったら、お父様すっごくっ、びっくりすると思うもん!!」


「そりゃそうだけど……。ドラゴンでもそんなことしないと思うよ……」


 鉱床は後回しにして、リアンヌは蛇紋石の鉱床が終わった先まで進み、その先を2倍の道幅に広げていった。


 あれを外に運び出すなら、広いに越したことはない。

 明日急いで梁を立ててもらうことにして、彼女のしたいようにさせた。


 リアンヌはいともたやすく終点までたどり着くと、眼下に広がる故郷の姿に明るい声を上げた。


「すごっっ、魔法みたい!! あたしんちとアリクんちがご近所になっちゃった!!」

「カナちゃんも似たようなことを今朝言ってたよ」


 開通した昨日のように、辺りは夕日に照らされてまぶしく輝いていた。

 けどそんなに海の方を熱心に見られると、いつか他の大陸に飛び出していくんじゃないかって、こっちはちょっと寂しくなる。


「あれ……なんか、お父様に会いたくなっちゃった……」

「え、今さら……? もう少し早くホームシックにかかってくれたら、大公様も気を揉まずに済んだかもね」


「でもお土産持って帰らなきゃ!」

「いや、君……本気……? 運ぶにしても何トンあると思ってるの……?」


「だって気に入っちゃったんだもん!」


 労働者さんたちが岩塊を外に運ぶ中、リアンヌはトンネルの奥に引き返した。

 働き手でごった返していたから、後を追わずにリアンヌの帰りを待った。


 すると――


「と、とんでもねぇぇ……っっ?!!」

「うぉぉぉーっっ、そんなのありかよぉーっ?!」


 労働者さんたちがトンネルの奥から逃げ出してきた。

 蛇紋石の巨大な壁を抱えたやつが後ろに迫ってきたら、誰だってそうなるだろう。


「さ、一緒に帰ろー、アリク!」

「そんな、バカな……」


 今のリアンヌなら、ダンプカーすら持ち上げられるかもしれない。

 彼女は頭上を覆うほどの巨大な石壁を両手に掲げ、嫌がる俺の隣を歩いた。


「さすがに重い! 落としちゃったらごめんね」

「ごめんねじゃ済まないよっ、下手すれば死人が出るよっ!?」


「じゃあ、がんばる! アリクも手伝って!」

「それはとてもスリルのあるお願いだね……」


 命の危険を感じるけれど、断るわけにはいかないのでリアンヌの後ろに回って支えた。


「隣にきてよー?」

「君と対等な筋力があればそうしたよ……」


 地響きを立てながらリアンヌは山を下った。

 当然こちら側の労働者たちは恐れおののき、合流していた八草さんも命が惜しいのか距離を置いた。


「お父様、喜ぶだろうなぁ……!」

「驚いて腰抜かすの間違いじゃないかな」


「あははっ、それも面白くていいねっ!」


 俺たちは丘を下り、民の注目を浴びながら市街を練り歩き、アイギュストス邸の前まで戻ってきた。


 これだけの騒ぎだ。

 大公様は玄関先で娘を待ちかまえ、その姿を眼中にいれると、頭を抱えてうずくまった。


「お父様、帰りが遅くなってごめんなさい! リアンヌ・アイギュストス、ただいま帰りましたーっっ!!」

「心中お察しします……。リアンヌ、こんなのさっさとどっかに捨てようよ」


「捨てるとは失礼な! これはお父様へのお土産なんだから!」

「学校から帰ってきた小学生が、親にカエルを見せるようなものだと思うけどな……」


 潰されたくないので大公様の隣に逃げると、リアンヌは庭園にその巨大な蛇紋石の壁を軽々と庭園に置いた。

 蛇紋石は渋みのある美しい石だけど、注目はリアンヌという星に奪われていた。


「お父様、ただいま! ただいまだってばーっ!」

「ああ……お帰り……。まったく、お前という娘は……普通に帰ってくることができないのか……」


「ごめんなさい、お父様!」


 リアンヌは父親の胸に飛び込んだ。

 ついさっき突発的に発生したホームシックを癒すために、父親に甘えた。


「アリク殿下、この宝壁はカナン王家からの賜り物として……そうですね。広場に置き、碑文を掘らせましょう……」

「うん、それは良い使い方だね」


「リアンヌ、人前で親にしがみつくなんて恥ずかしいですよ。すぐに屋敷に入りなさい」

「うん……。寂しかった、お父様……」


 あれだけ八方から言われたのに、それでも一度も帰省しなかった君がよく言うよ……。


「晩餐の準備をさせています。殿下、八草殿、どうぞ中へ」

「悪ぃけど俺ぁ帰るよ。なんかカナに会いたくなっちまった……」


「フフフ……あの子はとてもいい子です。この娘と、性格を交換してほしいほどに」

「そいつは勘弁してくだせぇよ! あ、こりゃとんだ失礼を……」


 俺は八草さんと別れてお屋敷に上がり、一足先に湯浴みで肌を清めさせてもらった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ