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・スコップの達人スキルでトンネルを掘ろう - 予定に絶対はない -

 アオハガネのスコップは刃こぼれ知らず。

 スペアの2本の出番が疑わしいほどに、兄上とそのスコップの相性は最高だった。


 ただそうなると、猫車で岩塊を外に運ぶ担当が不足することになる。


「カナよ、少し休め。我々男の体力に付いてくる必要はない」

「ギルベルド様をさしおいて、やすめません……」


「バカめ、強情なところまで父親に似るな」

「お父さん、おなじ……。ありがとうございます……そのおことば、とても、こうえいです……っ」


 兄上はときおり掘削の手を止めて、カナちゃんから猫車を奪い取った。

 トーマがトワであることを兄上は知っているけれど、そっちにはお構いなしだった。


「王家の奴隷になれとは誰も命じていない。アリクの行いが嫌なら、俺から厳しく言おう」

「い……いやでは、ありません……っ」


「本当か? アレはお前を自慢の人形扱いするところがあると、聞き及んでいるぞ」

「うち……にんぎょうでも、かまいません……。おそばに、ずっとおいていたけれるなら、それだけで……」


「ううむ……まあ、今はよかろう。不満があればいつでも相談に乗る。弟を頼むぞ、八草の娘カナ・コマツよ」


 掘削工事は進めば進むほどに鈍化した。

 それでも兄上という動力源を手に入れたことで、工事は躍進を果たした。



 ・



 西の空が真っ赤に染まり、赤い光がトンネルの中に射し込むようになった頃、今日の工事はお開きになった。


「ここの夕日は美しいな……。こんなに美しい光景は、いつ以来だろうか……。絶え間ない発展を続ける町が、赤く燃える姿というのはいいものだ……」


 俺の目から見てもなかなかいい夕日だった。

 だけど兄上ほどには繊細に感じない。


 それはトーマもカナちゃんも同じで、これは俺たちにとっては、少しスポットが異なるだけの見慣れた光景だ。


「さっき足で数えたんだけど、兄上のおかげで、今日だけで310mも掘れたよ」

「開通まであと490mか。となると、開通は明後日か」


「明日からは運搬担当を増やすことにするよ。開通したら見にきてね、兄上」


 兄上は皇太子だ。

 俺みたいに地域に密着してばかりいられないだろう。

 兄上は俺の言葉にあごを撫で、腕を組み、夕日を浴びながら彫像のように固まった。


「よかろう。今から王都に戻り、明日の昼までには戻るとしよう」

「え……っ。もしかして手伝ってくれるのっ!?」


「ここで止めるのは非情に惜しい。兄弟で掘ったトンネルが、流通を変えるというのも気分がいい」

「そうだねっ、うんっ、僕もそう思う! でも……大丈夫……?」


「問題ない。たまには俺も、父親にわがままを言うとしよう」


 それは後で父上に恨み言を言われそう……。

 兄上はそんなことは気にするなと、汗ばんだ腕で弟の背中を抱いた。


「今日のところは帰るとしよう。下々の仕事が、こんなに楽しいとは知らなかったぞ」

「普通の人は、スコップで岩をバターみたいに切ったりしないだろうけどね」


 森林地帯を兄弟で肩を並べて歩いた。

 ところがやがて視界が少し開けて1つ目のトンネルが見えてくると、そこに見慣れた人影を見つけた。


 千里眼スキルが映し出したその人影は、着替えを抱えたアグニアさんのものだった。

 いつもの男勝りなアグニアさんが素直な表情を浮かべて、待ち遠しそうにこちらの方角をうかがっている。


 あんな顔するんだ……と、俺はちょっと驚いた。


「兄上、少し先に行ってて。ちょっと気になる植物を見つけたから」

「落ち着きのない……。わかった、トンネル前で待とう」


 俺は嘘を吐いて兄上を先に行かせた。

 トーマとカナちゃんにアグニアさんが兄上を待っていることを伝えると、2人はたちまちにかしましくなった。


「どうですか、殿下っ!?」

「どうなっていますかっ、うち……きになります……っ」


 それらしいけどどうでもいい木の実を採集してから、再びあちらをうかがうと、カナちゃんとトーマに左右を囲まれた。


「どっちも俺たちには絶対に見せない顔をしている。兄上がとてもやさしい顔でアグニアさんを見つめて、アグニアさんが恋する乙女みたいな様子で、着替えを兄上に渡した」


 俺がちょっとだけ面白いと感じる情景は、2人に取っては盛り上がって止まないエンタメだった。


 だけど俺にとってはそこまで重要な情報ではない。

 兄上が着替えを済ますのを待つと、トーマに千里眼スキルを移した。


「こ、これは……っ?! う、打ち首ものです……っ。のぞいていることがもし知れたら、と、とんでもないことに……っ!」

「おしえてください……っ。あちらで、なにが……っ?」


 抱擁して、キスをして、2人だけの世界を堪能したら、俺たちを待つように並んで手を繋いだそうだ。


 かと思ったらまた人目をはばからずイチャイチャしだしていたとか。



 ・



「目当ての物は見つかったか?」

「すごいやん、アリクはんっ! 誰かさんが帰ってけーへんから様子見にきたら、こらえらいもんこさえたなぁ……っ!」


 のぞかれていたとも知らずに、2人はいつもの2人に戻っていた。

 次の王妃様はアグニアさんで決まりかな。


 種族の壁だってこれだけの実績があれば、何も問題ないだろう。


「アグニアよ、今夜は王都に戻る。悪いが酒には付き合えん」

「なんや、珍しいこともあるもんやなぁ」


「何がだ?」

「予定は絶対。それがギルベルドっちゅう男や。……ま、そうゆうのもええんちゃう?」


 予定に絶対なんてない。

 必要なら変えちゃったっていい。


 あれだけ情熱的にイチャイチャしていたカップルは、俺たちの前では遠すぎるほどの距離を取り、屋敷までの作りかけの街道を下っていった。

投稿が遅くなりすみません。

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