・信じて送り出したおじさんが首になって帰ってきた
・王子様
橋開通より6日が経ったある晩、八草さんが帰ってきた!
晩い時間だというのにカナちゃんが1番に気付いて、エントランスホールで大好きなお父さんを迎えたらしい。
親子は食堂でゆっくりしてから、トーマを呼んで、それから俺の部屋をノックした。
もちろん俺も八草さんのことが大好きだから、大歓迎で迎えた。
「カナ、今日はもう寝るんだ。とーちゃんはこれから、殿下と大切な話がある」
「うん、わかった……。お父さん……あらためて、おかえりなさい……」
最近のカナちゃんは八草さんにツンデレなのに、今夜はとても素直でかわいらしかった。
カナちゃんは寂しそうに振り返りつつ、自分の部屋に帰っていった。
「殿下。俺ぁ1つわびなきゃいけねぇことがありやす……」
「わび? あっちで何かやらかしたの?」
「ええ、やっちまいやした……」
カナちゃんが退室すると、八草さんはあちらでの出来事を話してくれた。
兄上の命令に逆らって、あちらの民に甘い沙汰をしてしまったと。
だけど八草さんは冷静だったと思う。
本当にそのホルヘ・カルヴァーリョなる人物が元凶なら、その男の足跡を追うために、彼らを生かして制圧したかった。
「兄上は立派な人だけど……恐ろしい人だね、やっぱり……」
「怒っていやした。が、訳を話したらわかっていただけやしたよ」
「よかった」
「命令違反は命令違反だと言われて、こうして外されちまいやしたけどね、はははっ!」
「とても厳しい人だからね……。まあ、僕としては八草さんに会いたかったから、こうして帰ってきてくれて嬉しい」
「へい、俺っちも殿下のお隣が落ち着きやす」
ともかくこれで、事態は一時的な解決を迎えた。
供給を絶ったことで、しばらくの間は被害が収まるだろう。
いやもしかすると、しばらくどころではないかもしれない。
「それで、その元凶の行方はつかめそう? 他の場所で同じことを繰り返されたら、また振り出しに戻ってしまうよね……」
「それはギルベルド殿下に聞いて下せぇ」
「たった1人の流れ者が、革新的な麻薬精製技術を提供した。うーん……なんだか気になるなぁ」
「へい、俺も思いました。なんつーか、まるでアリク殿下みてぇですね!」
「何を言うんだ、八草殿っ!」
眠いのか、トーマは静かなものだった。
だけど今のは聞き捨てならなかったみたいだ。
「僕か。なるほど……それはあり得るな……」
「殿下まで何を言うのです!?」
安直な発想かもしれないけれど、こう考えると納得がゆく。
その人、俺とリアンヌと同じ転生者なのかもしれない……。
そう考えると、麻薬精製というやけに尖った技術を提供したことにも筋が通る。
たまたまその人が得意としていたことが、薬の精製だったのかもしれない。
たとえば製薬会社で働く社会人だった、とか。
でも理系の人間だからって、高純度の麻薬、大量生産施設なんて作れるものなのかな……。
「殿下、明日からはどうしやしょう? ずいぶん暇になっちまいやしたが」
「しばらくはいいよ、カナちゃんにも暇を出すから、親子で休暇を楽しんで」
「いいんですかい……?」
「うん。2人が幸せにしていてくれると、助けた僕は自己満足に浸れる。……あ、大橋は見た?」
「へい、真っ先に! ありゃとんでもねぇもんこしらえやしたねぇ!」
「八草さんが抜けてから大変だったんだよ……。労働者同士の縄張り争いが……」
八草さんの帰りを待つ人がこの地には多い。
きっと労働者さんたちも明日は大喜びだろう。川沿いの酒場が騒がしくなりそうだ。
「ああ……あいつらもう解散しちまいやしたか……?」
「ううん、アイギュストス領とここを繋ぐ工事を任せてる。明日顔を出してあげてよ」
「そりゃよかったっ、喜んでっ!」
今夜の八草さんはいつもよりお喋りだった。
トーマは眠いのか迷惑そうだったけど、俺だって八草さんと語りたかった。
「そうそう、あれにも驚きやした! 南部に続く街道が、本当に商店やバザーだらけになっちまったっ!!」
「実はね、僕がその人たちにお金を貸したんだ」
「殿下が金貸し……? お人好しの殿下がんなことして、大丈夫ですかい……?」
自慢したはずなのに、嫌に心配そうな顔をされた。
俺が人にお金を貸したら悪い……?
「グリンリバーに商業が根付けば十分に元が取れるから、多少は踏み倒される覚悟だよ」
「いやいやいやいやっっ!! んなこと言ってると、半分も返ってきやせんよっ!? てかそれ、殿下のポケットマネーなんですかいっ!?」
「アリク殿下は……先日、本当の領主になられたのです……」
トーマがそろそろ限界だ。
話を打ち切って、それぞれの寝床に戻った方がよさそうだ。
俺は八草さんに父上からこの土地を与えられたと、手短に報告した。
「そりゃめでてぇ! カナもさぞ鼻が高いでしょうよ!」
「そこでカナちゃんの名前が出てくるところに、なんだか懐かしさと安心を覚えるよ」
「工事も借金の取り立ても、俺っちにお任せ下せぇ。殿下は人が良すぎて見てられねぇんですよ……」
トーマも首をカクカクさせて八草さんに同意した。
ううん、単に船を漕いでいるだけかも……。
「頼りにさせてもらうよ。それでは、そろそろ僕は寝るよ。おやすみ、八草さん。帰ってきてくれて、本当に嬉しいよ」
こうして今夜、八草さんは裏の世界から表側の世界へと帰ってきた。
ホルヘ・カルヴァーリョという気になる人物が明るみになったけれど、それもしばらくは問題ないだろう。
それは単純な話だ。
今回のビジネスで、ホルヘは莫大な富を手にしたはず。
最高のタイミングで組織を抜けて、今頃はどこかで、己の悪運の強さに悦に入っているだろう。
ホルヘは危険なバクチに勝った。
そんな人間が、もう1度同じバクチにベットするとは思えない。
「お父さん……おはなし、おわった……?」
「カナァァ……とーちゃんを待ってくれてたのかーっ!?」
「う、うん……。お父さん……おなか、すいてるかなって、おもって……」
「なんて……っ! なんて俺の娘はいい子なんだ……っ! カナッ、帰ってきたよぉ、カーナァッ!」
「お父さん……。ごめんなさい……ちょっと、うっとうしい……」
「カナァァーッッ?!!」
遠く聞こえてくる親子のやり取りに聞き耳を立てて、俺は微笑みながら眠りについた。
ホルヘ・カルヴァーリョ。
麻薬技術の使い手でさえなければ、いいビジネスパートナーになれたかもしれない。
けれどこの人物との共存は不可能だ。
たとえ出自が同じ可能性があったとしても、この人物は排除しなければならなかった。




