・情なき世界の撲滅作戦 1/2
・指揮官、八草
タリムは山奥の小国だった。
そこはカナン王国から7つの国境を越えた先にある国で、地図によると北と西を山岳に塞がれている。
タリム自体も高地に位置する肌寒い土地だ。
主要な街道とも縁がなく、そのため外から人が訪れることも滅多にない。
牧歌的と言えば牧歌的だが、他国に劣る経済力が見え隠れする物足りない国。
それが俺の目から見たタリム国だ。
どう見たって豊かではないが、かといって貧民まみれというほどでもない。
民は陽気で笑顔があり、一見は人を破滅させるような薬を作っているような国には見えなかった。
いや、だがよ……。
薬の出所に近付くにつれ、俺の疑問は納得に変わっていった。
この国は西に進むと土地が貧しくなってゆく。
西の西の果てにある、レミントン男爵領と呼ばれる敵本拠地に至っては、もはや最低の土地だ。
さみぃし。水がねぇし。おまけになんか息苦しいし。
草もまともに生えない赤土の大地に、かろうじて田畑が広がっている程度の、人が済むこと自体がおかしい土地だった。
「本当に俺っちが大将でいいのかい?」
「ははは、この隊にそれを不満に思う者はおりますまい」
「大尉殿。けどそういうアンタはどうなんだい?」
現在、俺たちはレミントン男爵領の包囲の完了を待っている。
包囲を受け持つのはタリム国の将兵だ。
タリム国はカナン王国を中心とした外圧に屈し、レミントン男爵家をついに切り捨てた。
彼ら国軍は『男爵領からは誰1人逃がすな』との命令を忠実に守るだろう。
「私ですか? では素直に言えば、平民ごときに使われるのは気分が悪いですよ」
「はははっ、正直だな、大尉殿は」
「ただ実戦経験ならば、我々よりも八草殿の方が一歩勝ります。我々と八草殿で、共にやつらをすり潰してやるとしましょう」
こりゃ、アリク殿下には見せられねぇな。
アリク殿下には、そのままの事実を報告するわけにはいかないだろう。
「同情はよしましょう。それに罰されるのは、麻薬売買と生産に関与した者だけです」
「ほぼ全員なんじゃねぇか、それ……?」
「貧しいから無罪放免、というわけにはいかないでしょうよ。彼らは加害者です」
徹底的に叩き潰せ。
それがギルベルド殿下のご意向だ。
タリム国もそれに同意した。
自国が麻薬の生産拠点だと露呈した今、タリム国は形振りかまってなどいられない。
この国は全ての罪を、レミントン男爵家に擦り付けるつもりだ。
「八草様、レヴィア大尉! タリム国からの使者がやってきました!」
そいつはきっと、包囲完了を伝える使者だ。
これでもう誰もレミントン男爵領から逃げられない。
さすがに、女子供は許されるよな……?
「行きましょう、八草殿。叩き潰さなければ、苦しむのは諸国の民です」
「おう……こうなりゃ、しゃぁねぇな……」
「仕方ないのです。この地の者が悪魔に魂を売りさえしなければ、秩序は保たれたのです」
「ままならねぇもんだなぁ……」
俺たちはこれからレミントン家の屋敷を強襲する。
領主を捕縛し、麻薬の生産拠点、倉庫、田畑を制圧する。
この地の民からすれば俺たちこそが悪魔だろう。
だが譲れねぇ。
悪ぃとは思うが、許すわけにはいかねぇ。
屋敷、生産拠点、倉庫、田畑。
全てを焼き払う。
ここにある物は、この世に存在しちゃいけねぇもんだ。
「おやさしいアリク王子との生活が恋しくなりましたか?」
「いや……ギルベルド殿下が正しい……。ご命令通り、焼き払おう……」
「心が痛みますね」
「こればっかりは、甘い処罰をするわけにはいかねぇしなぁ……」
俺たちカナン王国精鋭は、数にして120名だ。
数こそ少ないがその実力はギルベルド殿下の認めるところだ。
辺境のそのまた辺境の男爵領など、叩き潰すのもたやすい。
「全軍、俺っちの後に続けっ! 祖国の家族、友人、隣人を苦しめた毒を、この地の者は生み出した! 情を捨てろ、情けをかけるな! やつらは悪魔に魂を売ったんだ!」
俺たちは一方的な奇襲作戦に身を投じた。
アリク殿下には絶対に報告できない、血と煤と炎にまみれた作戦を遂行した。




