・早熟過ぎる僕へ、母上からの餞別
「なら塩を作ろうよ」
この世界では塩と言ったら赤い岩塩だ。
海水を直接煮詰めて作った白い塩もあるけど、燃料や炎魔法を膨大に使うから高級品だ。
「確かに我が国は塩の大半を輸入頼りにしている。海水を煮るより、国外から流れてくる岩塩の方がやや安いからだ」
「でもそれは、海水を濃縮しないで煮ているからでしょ? 塩田を作れば、燃料代を大きく減らせるよ」
「塩でん……とは、なんだ、アリク?」
「あのね、それはね――」
塩田の仕組みを父上に説明した。
海水を陸地に引き込んで、日光を使って蒸発させる。
塩は重いから下に沈むので、上澄みの水を海水と入れ替えれば、濃度の高い塩水を作れる。
十分に濃くなったら、後は煮るだけ。
「おお……本当にそんな方法が記されていたのか!?」
「う、うん……たぶん、どこかで見たと思うよ……?」
本当はテレビで見ただけだけど、たぶん試行錯誤すればいけると思う……。
「お前の話を聞いていたら、本当にその方法で塩を大量生産出来そうな気がしてきた。いや、だが……」
「父上、僕がアイギュストス領に行って指揮をするよ」
それはまずいと、父上は指を当てて難しい顔をした。
「アリクよ、だが暗殺者はどうする?」
「うん、そうだけど、詳しい僕が指揮しないと事業が失敗するかもしれない」
本音を言うと、さすがにもう離宮暮らしに飽きていた。
今度は場所をリアンヌの故郷に変えて、テレビで見た塩田を作ってみたい気分だ。
上手くいくかはわからないけれど、もし成功したら凄いことになる。
王家を強くして国を導きたいという、父上たちの夢の後押しになる。
だけど問題は暗殺者。
アリク王子が殺されてしまったら、アイギュストス大公との婚姻同盟は崩壊する。
「だがお前が暗殺されては、意味がないではないか……」
「毒さえ効かなければ、僕もリアンヌも物理耐性スキルがあるから、暗殺者の攻撃なんかじゃ死なないよ」
「な、なん、だと……?」
「リアンヌのところに行ったとき、森のスライムから【物理耐性◎】スキルを抜き取ったんだ。だから僕は、暗殺者の狙撃で死ななかったんだ」
早熟過ぎる自分の息子に、父上は口を開けっぱなしにしていた。
だけど母上の力のことを知っているからか、納得は早かった。
「リドリーと相談する。返事はそれまで待ってくれ」
「それもそうだね」
「塩は欲しい……。国内で自給自足出来るだけで外交でも強く出れる……」
「うん、諸侯は父上を今以上にリーダーとして見るようになるだろうね」
「だが、お前は父と母の宝だ……。悩ましい……」
父上は塩田に並々ならぬ興味があった。
今の父上なら、危険を承知で母上を説得してくれそうだ。
アイギュストス領行きは、もう決まったも同然だった。
・
「アリク、ちょっとこっちにいらっしゃい」
それから4日ほどが経ったある日の晩、母上の部屋に呼び出された。
「なあに、母上?」
「今日はアリクにプレゼントがあるの。アリクのスキルウィンドウ、開いてもいい?」
「い、いいけど……」
「ふふ、何か都合の悪いことでもあるのかしら?」
母上は我が子に手をかざしてスキルを閲覧した。
【物理耐性◎】が2つそこに増えていることに、母上は驚きもしなかった。
それから母上はプレゼントを、【空白】となっているスキルスロットに入れてくれた。
母上がくれたのは【弓巧者】というスキルだった。
説明を見ると、弓の精度+50%、修練効率+100%の補正がかかる優秀なスキルだった。
「わぁ……っ、これっ、いいのっ!?」
「私が持っててもしょうがないもの。それにこれは、アリクが敵から奪い取った物よ」
「え……?」
「ロドリック様がアイギュストス行きを許して下さったわ。これで身を守りなさい」
「本当っ!? でも、どこでこのスキル、手に入れたの……?」
ギルド職員アリクは、モンスターからスキルを抜き取るなんて芸当は出来なかった。
その力を引き継いだ母上もきっと同じだ。
だったら母上は、このスキルを誰から盗んで来たんだろう……。
「もうその人は、弓の才能なんていらないんですって。弓を悪いことに使ったから、おわびに譲ってくれたの」
その人、弓使いを引退するか、そのうち死ぬ運命にでもあるのかな……?
あ……。
「これ……まさか……僕を、狙った兵隊さんの……。母上……?」
「出発の準備をしなさい。あっちで見つかるといいわね、毒耐性スキル」
かつて弱い奴隷だったリドリーは、ギルド職員アリクよりギルド職員スキルを継承した。
それを使って母上は悪いやつからスキルを盗み取り、我が子に授けた。
動機はたぶん、大切な我が子を死なせたくないという親心、なのかな……。
あのリドリーが人からスキルを奪い取るなんて、よっぽどのことだった……。
「うんっ、たくさん手に入ったら母上にもあげるね!」
「あら嬉しい。ロドリック様にも、スキルスロットが2つあればよかったのに……残念ね」
母上のスキルスロットを確かめた。
母上が持つスキルは2つで、【侍女】と【ギルド職員】スキルだ。
この2つの力を使いこなして、母上はここまでのし上がって来たんだろう。
母上の空きスロットはあと4つも余っている。
あの森でモンスターをやっつけて、俺はこの欄を安心でいっぱいにしたい。
「ごめんね、母上。僕、早熟過ぎて、かわいげがないよね……?」
「そんなことないわ、アリクは私の自慢よ。その力でロドリック様を助けてあげてね」
8歳の少年は母親の胸でしばらくの間だけ甘えた。
そして満足して自室に戻ると、出発の準備を進めた。
もう1ヶ月半も堪えたのだから、俺だってそろそろ反撃に出たかった。
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