・グリンリバーに大橋が架かる日 - 遺憾ながらひもじい -
先日は大変な賑わいだった。
1人の貴人を迎えるだけでも一苦労であるのに、1度に250人を接待するだなんて無理難題にもほどがあった。
しかしこの苦労も今日までの話だ。
今日の昼過ぎに開催される橋の開通式が終われば、迷惑な諸公たちはあのグリンリバー大橋を使って王都へと退散してくれる。
滞在の延長は拒否する。
断固としてお断りだ。
250名の貴人たちは俺たちにとってさながらイナゴの群れも同然の存在で、そのイナゴたちは昨晩の暴食暴飲により、今日の朝食をそこいらの貧困家庭よりもさらにみすぼらしくしてくれていた。
本日の朝食は、子供の手のひらに収まってしまうくらいに小さなパンと、あめ玉くらいしかなくて見ていると悲しくなってしまうチーズが1粒だ。
「足りない……。この身体燃費悪いのにーっ、こんなんじゃ全然足りないよーっっ!!」
「はっ、遺憾ながらひもじいと言わざるを得ません」
「なんだか……お父さんと、お母さんと、くらしていたころ、おもいだします……」
部屋という部屋を貸し出してしまったせいで、食事をする場所にも事欠いている。
そこで近衛兵さんたちも含めたみんなが俺の部屋に集まって、それぞれがあまりに粗末な朝食と空腹を訴えた。
「申し訳ありません、殿下。我々近衛兵も手を尽くしたのですが、グリンリバーは現在、局所的な食糧不足に陥っておりまして……」
「ごめんなさいね、アリク。食料庫の食べ物は昨日、お客様に全部お出してしまったの……」
これはこれで、屋敷に住まう者たち同士の連帯感があって悪くない。
みんなで情報交換をして、今日を乗り切るために気合いを入れた。
「恐れながら殿下、気になることがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「うん、なあに近衛兵さん?」
「はっ! さきほど空腹にかられ街を偵察してきたのですが……。いや、これがどうも……多いのです……」
「多いって、酔っぱらいが?」
「いいえ……人が、です……。朝から人が大通りにごった返しておりまして、朝市に食べ物が入荷されようものならそれだけで一騒動です……」
「ふぅん……」
「殿下は1000人の流入と概算されましたが、私の目にはその倍、2000人がここグリンリバーを訪れているのではないかと……」
それが本当なら食糧不足になるのも当然だ。
小麦の備蓄がいくらあったって、パン焼き釜は有限だし。
さらに人ってやつは何かが不足すると、それをため込む習性を持っている。
「すっごーっっ! それって2000人がアリクの街灯と大橋を見にきたってこと!? 嬉しいねーっ、アリク!」
「はい……っ! さすが、うちがお仕えする、アリク様です……!」
滞在者たちの目当ては大橋の開通式だろう。
本当はもう少し時間をかけて丁寧に橋の舗装路を作る予定だったのだけど、父上とジェイナスが時計の針を3日も早めてくれたせいで、現場監督と俺は少し納得がいっていない。
今の時点で2000人の流入となると、式典の始まる昼前には恐ろしいことになりそうだ。
「ふふっ、よかったわね、アリク」
「この地を治める代官として、素直に喜べる状況じゃないよ……」
これはたとえるなら、花火大会と地元住民の関係性だろうか。
地元商店からすれば稼ぎ時であるけれど、住民からすれば、花火大会は何かと迷惑なイベントになりがちだ。
観光客はゴミをまき散らし、騒ぎ立てて、町の往来を飽和させる。
農村部や工業区画の人たちはあまりこの事態を喜んではいないはずだ。
「報告ありがとう、近衛兵さん」
「はっ、殿下のためなら我々近衛兵一同、喜んで手足となりましょう!」
「トーマ、一緒にきて」
「はっ! しかし殿下、どちらへ?」
「大商会のお偉いさんたちとお話をしに。ああそれと、北部の山道に人を送って。どれくらい人が流れてきているのか探りたい」
こうして俺たちの朝はひもじく忙しないものになった。
俺が大商会の偉いおじさんたちにこの事態を伝えると、彼らは人の気も知らずに浮かれるように喜びたした。
「はっはっはっはっ、いや招かれざる客どもには参ったものですな!」
「退屈を持て余した王都の民は、暇潰しにグリンリバーを訪れることにしたようですな」
「なるほど、徒歩でも半日かければどうにか帰れる距離ですからな。橋の開通を見物して、その足で橋を使って都に帰り、家族や飲み仲間に自慢話をする。考えられる話です」
そう言われてみると、確かに悪くない休日の過ごし方だ。
だけどそれは領主目線から見ると逆さまになる。
今の時点でグリンリバーの供給能力を超える観光客が集まっているというのに、さらにそれが増える。
手を打たないとお昼ご飯がさらに悲惨なことになりかねない。
「なぜため息を吐かれるのです、殿下」
「いや素晴らしい。ここグリンリバーに支店を建てる予定でしたが、これは予算を倍にした方がよさそうです」
「ええ、グリンリバーは栄えますよ! ええっ、ええっ、我々が保証しますよ! これは凄まじいムーブメントとなるでしょう!」
「ありがとう。期待を裏切らないようがんばるよ」
いったいどれだけの人が俺たちの橋を見に集まるのだろう。
近衛兵さんの報告が正確なら、俺の予想の倍、いやそれどころではない人数がここに押し寄せるのだろうか。
俺が始めた事業は、俺の予想を上回るうねりを起こし、俺に達成感を与えるどころか恐怖させた。
だって朝の時点で概算2000人だ。
昼になればそれ以上の人間がここに集まることになる。
ただ橋を見て、わざわざ渡って帰るためだけに。
領主でさえいなければ、俺だってお祭り気分でいられただろう。
けれど領主である以上、俺は人々の胃袋を満たさなければならなかった。
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