・電気文明の白く眩き光 - トーマでございます、殿下 -
「僕がいるよ。リアンヌの両親と弟の代わりに、僕がここにいる。だから泣かないで、リアンヌ」
「うん……ずっと私と一緒にいてね、アリク……」
「……なら、王都と行きはもう少し先延ばしにできない?」
「やだ、いく……」
いや、なぜそうなる?
ここは『うん……』と、素直な反応が欲しかったのに。
「君、強迫観念って言葉を知ってる? 決めた予定を少しくらい変えたっていいんだよ?」
「アリクは私が行くと寂しいの……?」
「寂しいよ。だからずっと引き止めてるじゃないか」
「んーー……そか」
「うん、だから僕とずっと一緒に――」
「よしっ、やっぱり行くっ! だって、せっかく転生したんだから楽しいことがしたいもんっ!」
リアンヌは軽々とした身のこなしで飛び起きた。
それからくるっと一回転して、筋肉を疲労するように両腕を折り曲げた。
行っちゃうのは悲しいけど、元気になったみたいでよかった。
「私、屋根裏行ってくる! アリクは接待に戻っていいよ!」
「えぇぇ…………? ずるいよ、リアンヌ……」
「だって私主賓じゃないもん! 慰めてくれてありがと、アリク!」
「度合いの差はあるけど、僕も似た状態――わあっっ?!!」
右頬にリアンヌがキスをくれた。
左頬にもくれた。
さらに唇に――するのはさすがにちゅうちょしたようだ。
ごまかすように、人を子供扱いするように額へと接吻をくれた。
「好き! ちょー好きっ、アリクのことが大好き! よしっ、言うことは言ったし、またねっ!」
やりたい放題してくれたリアンヌは部屋を飛び出して、騒がしく屋根裏へと上っていた。
残された俺はベッドサイドで呆然とするしかなかった。
さっきまでは生前の家族のことを思い出して悲しかったのに、今は浮ついた気分しかない。
ニヤニヤと、口元がゆるんで戻らなかった。
ところが開けっ放しになったドアの向こうに、音もなくトーマの姿が現れた。
「トーマでございます、殿下」
「ト、トーマ……?! ビックリするような現れ方しないでよ……っ」
「催しはこれにて終了となりました」
「え、終わったの……?」
「ええ、グリンリバー中が今やお祭り騒ぎ。もはや式典の閉会の言葉は必要ございません」
「そっか、ああ、くたびれた……」
「明日もありますから、今日はもうお休みになられては?」
「とてもじゃないけど眠れないよ」
「自分もです。あの白い光は目にしていましたが、あの光の道は別格です。驚きに立ち尽くす他にありません。これからは毎晩、あそこを散歩することにいたします」
トーマは光の道をいたく気にってくれていた。
男装のおかげで美少年に見えるけど、輝きにうっとりとする姿は女性的だ。
「ありがとう、光栄だよ。ああそうだ、これから僕の部屋にきて。眠くなるまで付き合ってよ」
そう誘うと、トーマは考えるように黙り込んだ。
主従とはいえ、夜の部屋に2人だけはまずいと思ったのだろうか。
「ああ、やっと理解が及びました。リアンヌ様と顔を合わせるのが恥ずかしいのですね」
「え……?」
「てっきり屋根裏に行かれるかと思ったのですが、考えてみればそれは難しいですね」
トーマはなぜ、リアンヌが屋根裏に行ったのを知っているのだろうか?
答えは1つ。見ていたからだ。
「あの、トーマ……? トーマはいつから、僕の部屋の前にいたの……?」
「好き、ちょー好き、大好き」
「う……っっっっ?!!」
「素晴らしい……。このトーマ、まるで小鳥のつがいを眺めているかのような、そんなやさしい気持ちになりました……」
プライバシーなんて概念はこの世界にはない。
小姓ともなれば常に主に張り付いて、あらゆるお世話をする。
そんな行きすぎた文化の国すらこの世界にはある。
「ト、トーマ……こ、この話は、母上たちには内緒だよ……?」
「なんとっ?」
「なんとじゃないよっ?!」
報告するつもりだったの!?
「僭越ながら、ご両親とも大変お喜びになられると思いますが!」
「あのね、トーマ。その結果どうなるかまで、考えてほしいんだ……」
「きっとご結婚が早まりますね!」
「わかってるなら止めてっっ!?」
「なぜにございますか!?」
「僕とリアンヌにとって、都合が悪いからだよっ!」
さあ行くよと、トーマの手を握るだけで黙らせるのは簡単だった。
俺は男装の綺麗なお姉さんを自分の部屋に連れ込んで、ちょっと外の美しい光と、お祭り騒ぎの賑わいを眺めて、トーマとゲームを始めた。
「明日は大橋の竣工記念。あまり夜更かしはできませんよ?」
「それは僕の身体に言ってよ。長い時間をかけたプロジェクトの成功と、リアンヌにキスされたショック――あ」
「キス!! ほうっ、詳しく教えて下さいますか、殿下っ!! 他言はいたしませんので!!」
「……信用できないからこそ言うけど、唇じゃなくて頬だよ……。あと、おでこ……」
「おでこっ!?」
「大声を出さないでよ……っ」
「と、尊い……っ。も、もっとっ、もっと詳しく! もっと詳細にお聞かせいただけますかっ!?」
「嫌だよ……」
「フ、フフフ……自分の尋問から、逃げられるとは思わないことです……。さあっ、お聞かせ願いましょうか、殿下っ!!」
尋問って……。
「リアンヌを慰めた。ただそれだけ」
「そして何をしたのです!?」
「いや何もしてないよっ!」
トーマの尋問はしつこかった。
悔しいからゲームで反撃しようとしたものの、今夜のトーマは嫌に鋭い。
対戦においても謎の覚醒をしていた。
激しい興奮にその目が爛々と光って見えた。
「ところでリアンヌのやつ、こないね……」
「それはそうでしょう。顔を出せるはずがありません」
「あ、そっか。あっちも恥ずかしいのか。ならやらなきゃいいのに」
「いいえっ、大正解にございますっ! ハァッハァッ……素晴らしいっ!」
「密室でそういう呼吸されると、ちょっと怖いから止めて……?」
「申し訳ありませんっ、生理現象にございますっ!」
楽しいゲームだった。
けれどリアンヌと違ってトーマの体力は有限だ。
お互い眠くなったところで勝負を打ち切って、その日は眠りについた。
僕もリアンヌが好きだ。
あの時、すぐにそう返せばよかった。
それとあの時の500円も、ちゃんと返しておけばよかった……。




