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・電気文明の白く眩き光 - 侍女と侍女 -

 繰り返すけれど、招待客の数はなぜだか5倍に膨れ上がって、概算250名となってしまっていた。

 こうなってしまうと、貴人にふさわしい接待や食事の提供など、土台無理な話だ。


「あの……リドリー様、すこし、やすまれては……?」

「そうですよっ、王妃様は王妃様ですよっ! 大変なことは私たち下々の者に任せて下さい!」


 一般的な人間は、事が予定通りに運ばないと大小のストレスを抱えてしまう。

 俺自身もそうだし、それが当たり前だと思う。


 だけど俺の母上は違った。

 俺の母上は最底辺から()い上がった苦労人だ。

 カナちゃんとターニャさんになんと言われようとも、母上は慌ただしい厨房を去ることはなかった。


 ひっきりなしに食材と料理が行き来するその場所で、母上は大変そうに汗を拭いながらも、しかし王宮にいるときよりもずっと充実した様子で調理の手を動かしていた。


「ふふふ~、私も楽しんでるから気にしないで♪」

「で、でも……リドリー様は、アリク様の、おそばに……」


「カナちゃん、これでも私ね、昔はあなたと同じ侍女をしていたのよ」

「知っていますっ! リドリー様はっ、密かに玉の輿を狙う女性たち皆の憧れそのものなんですからっっ!」


 母上ばかりずるい。

 ターニャさんに感情をあらわにしてもらえる母上に、僕は少し嫉妬した。


「恋した男がたまたま王様だっただけよ。この人を支えてあげたいと、そう感じた相手が、たまたまロドリック様だったの……」


 こうして見ると母上のグリンリバー行きは正解だった。

 王宮。それは見た目こそ華々しく見上げるほどに高く荘厳だけれど……。

 あそこは騙し合いが当たり前の悪意渦巻く魔窟だ。


 あんなところで毎日暮らしていたら、気がおかしくなってしまって当然だ。

 それでも母上は父上を支えるためにあそこで暮らしている。


「母上」

「あら、アリク。……ふふふっ、あなた本当にいいお友達をもったわね」


「うん、僕もそう思うよ。カナちゃんもターニャさんも、僕の大切な友達だ」


 そう答えると、ターニャさんの様子が昔のターニャさんに一瞬だけど戻った。

 あの壁のある硬い表情を崩して、嬉しそうに微笑んでくれた。


 階級社会に生まれた者の宿命が、すぐにその笑顔をかき消してしまったけれど。


「楽しんでるところ悪いんだけど、母上。そろそろ式典が始まるから一緒にきて」

「まあっ、まだお料理がそろってないのに……っ!」


 カナちゃんもターニャさんも、声には出さないけど母上と似たような反応だ。

 お客様を満足させられなくて申し訳ないって顔だった。


 でも違う。

 悪いのはみんなじゃなくて、招いてないけどなぜか招いたことになっている、200名のお客様の方だ。


「母上は250名分の料理をそろえるつもりだったんだ……」

「お客様はお客様よ、アリク」


 これが元侍女のプロ根性か。

 奴隷農園時代までしか知らないけど、母上はさぞ魅力的な侍女だったのだろう。


「残りたい気持ちはわかるけど……一緒に行こうよ、母上」

「そうですよっ! ここは私たちに任せて下さい!」

「そう……? ごめんなさいね、皆さん……。それでは後をお願いします」


 慌ただしい厨房に身を置いたからか、母上は侍女をしていた頃の自分を思い出したようだ。

 今日の母上はとても生き生きしていて、実の母のはずなのになんだか可憐に見えた。


 父上が庶民である母上に夢中になり、周囲の反対を押し切って母上と再婚した気持ちがよくわかる。

 俺はいい母親を持った。


「アリクに付いてきてよかったわ。あ、そうだわ……っ! 王妃なんて辞めて、いっそここの侍女になろうかしら……っ!」

「は、母上……。それは父上がかわいそうだってば……」


「そうね、わかってるわ……。私、ロドリックを支えたくて彼の侍女になったんだもの。ロドリックがきたら、一緒に帰ります……」


 それはそれで息子としては寂しい。

 それにこの催しが終わったら、引き止めていたリアンヌも行ってしまう。


 俺たちはエントランスホールを抜けて庭園に出て、250名を超える諸公たちに拍手喝采で迎えられた。


 大好きな眼の前にリアンヌが駆け寄ってきて、きらびやかな白絹のドレスを自慢するように舞い踊った。

 母親の手間、見とれるわけにはいかなかったけれど、本当のお姫様のように綺麗だった。


「さあっ、始めるよっ! アリクが今日までがんばってきた成果っ、みんなに見てもらおーよっ!」

「うんっ、そうだね、リアンヌ! 見せつけてやろうっ、あの白い光を!」


 リアンヌ・アイギュストスは異世界に迷い込んだ俺の光そのものだ。

 彼女が隣で見ていてくれるから、今日までがんばってこれた。


 遠い前々世の記憶を俺が掘り返せたのは、瞬間記憶スキルが忘却を許さないのもあるけれど、それ以上に、同じ世界に属していた彼女が隣にいるからだ。


 日本で暮らしていた頃のあの記憶は、決して夢や思い違いではないと、彼女の言動が証明してくれる。

 俺は大好きなリアンヌと手を繋いで、母上と一緒に会場の真ん中に進み出た。

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