・電気文明の白く眩き光 - 僕は長靴が嫌い -
「うん、普通にこれも臭いね。工業区画で作らせるつもりだったけど、近所迷惑かな」
「でもなんかなつかしー匂い……」
リアンヌ、アグニアさんの前でその発言はどうかと思うよ。
「これもあっちの硫黄区に施設を置くしかないやろな」
「硫黄区? 硫黄区か。そのまんまだけど、他にはない個性があっていいかもしれないね」
鍋の中のゴムは融けて粘液状になっている。
そこに硫黄が加わったことにより、ゴムらしいあの真っ黒な色に変色していった。
硫黄を木べらでさらに砕きつつ、偏りが出ないように十分に混ぜ合わせれば、試作版・弾性ゴムの完成だ。
鍋を火から外して、ゴムの冷却のために井戸水をくんできてもらうことになった。
リアンヌはお姫様のくせに、人の手伝いや雑務が好きなところが魅力的だった。
「おもろいけど……やっぱくっさいなぁ、ははははっ!」
「本当だね。うーん、着替えてくるべきだったかな……。服にゴムと硫黄の匂いが付いちゃってる……」
「これでお仲間やな、うちら。せや、一緒に水浴びでもいくかー?」
「そんなことしたら、兄上がひっくり返るよ」
「なんや、○○○見せるのが恥ずかしいんか?」
「ぅ……っ。ア、アグニアさん……」
「なんやー?」
「僕も兄上も、下品なのは嫌いだ……。そういう恥ずかしいことを言わないでっ!」
「そないな反応すんから止められへんのや」
「えーー、なんの話? なんの話してたのーっ!?」
最悪のタイミングでリアンヌが戻ってきた。
俺はスルーを決め込んで、彼女が抱えてきたタライに鍋の中で粘るゴムをドボンと落とした。
水が蒸発する心地よい音が響き、冷たい井戸水にゴムが冷却されていった。
「ねぇねぇ、何でアグニアさんに○○○見せるの?」
「うぅぅっっ?! き、君の口からその単語は聞きたくないっ!」
「ふむふむ……。よくわかんないけど、自分はトーマにセクハラするくせに、自分がされるのは嫌なんだ?」
「男が年上の男にセクハラ? ほぉぉーん……?」
無視しよう……。
その話はもう嫌だと渋い表情で主張して、俺のタライの中に手を入れた。
ゴムの中心はまだ熱かった。
だけどその確かな弾力と、決して崩れないしっかりとした強度は俺たちの知る弾性ゴムだ。
「わぁっ?!」
「驚きすぎー! わーっ、それよりも本当にゴムに変わってるーっ!」
リアンヌがタライに手を入れて、こっちの手を握ってくるから驚いた。
恐る恐るアグニアさんの様子をうかがうと、案の定、俺たちをニヤニヤを見守っていた。
「成功やな」
「うん! これこそ僕が作りたかったものだよ!」
「簡単に溶かせるのがまた加工しやすくてええな。これで長細いシートを作って、導線をくるんとつつんで、繋目を焼きゴテで溶かせばええやん」
「うん、その方法なら大量生産しやすいね」
「せや。そんならでっかいゴムのシートを作って、それを電線の円周の長さに切り分ければええ」
アグニアさんは今すぐにでもその作業に着手したいようだ。
まだ芯が熱いのに彼女は弾性ゴムをタライから取り出して、確かめるように表面を撫でた。
「硫黄、および弾性ゴムの量産。それを使った導線のコーティングをお願いできる?」
「任せとき! しかしホンマおもろい材質や! この弾力もええけど、水通さんところもええ!」
「そうだね。雨具とかにも使えちゃうかもね」
「あ、長靴とか!」
「……ああ。僕、あれは嫌い」
「えーーっ、かわいいのにっ! アリクがはいたら絶対かわいいよーっ!」
「嫌だよ。長靴にはろくな思い出がない」
「それは履き方が悪いんだよーっ」
「納屋の導線を工房に運ばせるよ。リアンヌ、出番だよ」
「うん、アグニアさんのためなら喜んで! アリクには、後で長靴の素晴らしさを語るから覚悟しといて!」
こうして硫黄の精錬は成功し、それを使った天然ゴムの加工も成功した。
アグニアさんはリアンヌと明るく語らいながら、屋敷の軒先から去っていった。
少し、失敗したかなと思った。
あの様子だと、きっとリアンヌは夕飯まで帰ってこないだろう……。
一緒に過ごせる時間は残り少ないというのに、彼女は気まぐれだ。
せめてリアンヌが王都に旅立つその前に、白熱電球が灯る往来を見せたかった。