・文明の光を領主邸まで引こう! - いつ帰るの……? -
「……僕の分は?」
「あるけど、ここに」
なぜかリアンヌの席に寒天ゼリーが2つある。
「……欲しいならそれ、みんなと分けていいよ」
「ほ、ほんとう、ですか……っ!?」
「10歳の少年の言葉とは思えません……聖人ですか、殿下っ?!」
譲ると言ったらみんな目を輝かせて喜んでくれた。
「ありがとー、アリクーッ! ほら見て、ターニャのやつ、アリクの分だけブドウを6つも入れてるんだよ! 私のは4つなのに!」
そんな一生懸命告発するようなことではないと思うけど。
「食べながらでいいから、僕の話を聞いてほしいんだ。リアンヌがあのゲームを改良したんだけど、誰にでも遊べて、わかりやすくなっていて、期待以上だった。そこで僕は――」
考えていたことをみんなに語った。
商売にしようとする俺に、リアンヌはちょっとあきれていた。
俺はそれに言い返した。
「国が推奨する、無料で遊べるゲームが出たらどうする?」
「はい、率直に申し上げますと、自分は少し疑ってしまいますね」
「タダは、たかい……。おとうさん、いつもいってます……。カナ、タダには、ちかづくな……」
そうだ。タダは高い。タダは胡散臭い。
政府推奨の遊戯なんて、ますます胡散臭い。
でもそこに、商売っけという調味料を加えたら話は変わる。
「こう考える人が出てくるはずだよ。話題のアリク王子から、金貨1枚をもぎ取ってやろう、ってね」
「あーっ、わかった! そのゲームチャンプってアリクでしょ! ずっこぉーっ、誰も勝てないじゃん、そんなのーっ!」
「僕にそんな暇はないよ。ゲームに強くて、信用のできる誰かを起用することになる」
「負けたら金貨1枚ですよ? 生半可の者に任せては、大赤字になるのでは……?」
「大赤字は困るけど、多少の赤字はいいんだ。1度盛り上がっちゃえば、後からでも元が取れる算段だから」
元が取れなくても、それが麻薬撲滅の政策に繋がるなら、憲兵隊を増やすより安上がりだ。
「はいはいはーいっ! だったらそれっ、私がやる!」
「それはダメだよ」
「なんでーっ!?」
「リアンヌには、ずっとここに居てほしいし」
「マジでーっ!?」
今の少し、プロポーズっぽかったかな。
だけど俺たちもう婚約してるし、この契約からはもう逃げられない。
「……聞くのが怖かったから聞かなかったけど、今日こそ聞くよ。リアンヌ、君はいつまで、ここに居られるの……?」
リアンヌは大公様のところに戻らなくていいのだろうか。
バカンスにしてはあまりに長すぎる。
娘の不在に、あのやさしい父親はとても寂しく思っているはずだ。
「あと1週間くらいかな。引き延ばすつもりだったけど、これで延長4回目だし、そろそろ兵隊率いて押し掛けてくるかも!」
「え、4回も……!? そんなの大公様がかわいそうだよっ、さすがに帰りなよっ!?」
「2回目と3回目は、アリクが鼻水流して引き止めるから待って、って言ったらわかってくれたんだよねー……」
「後で僕が困る嘘を父親に吐かないでよぉーっ?!」
「ふっふーん、そこで私は考えたのですっ! アリクと遊び終わったら、次は王都にいこーっ! ゲームマスターとして、デュエルに挑むためにっ!」
「そ……そう……」
その大義名分は、大公様が納得するとは思えないけど――押してまかり通るのがリアンヌだ……。
手から三連装の破壊砲を撃てるリアンヌを、武力で止める手段はもはや大公家にない。
いや、この国と言ってもいいかもしれない。
「リアンヌ、いっちゃうんだね……」
大公様だけではなく、俺にも彼女は止められない。
「私がいなくても、アリクにはカナとトーマがいるでしょ。ターニャのやつも、なんだかんだアリクに尽くしてるし、寂しくなんてないよー」
リアンヌは席を立つと、向かいの俺の手を取った。
俺たちは十分過ぎるほどに長い時間を過ごせた。
寂しがることなんてなかった。
「うちとトーマ様が、おささえします……。リアンヌ様の、かわりに……」
「と、尊い……っ。その寂しそうなお尊顔とっ、弱々しく甘えるようなその少年の美声が、犯罪ですっ、殿下は犯罪ですっっ!!」
俺は犯罪だったのか……。
「じゃ、そういうことで決まり! 目指せ、銅貨1万枚!」
「それは1プレイ20分としても、200000分が必要になるね」
「それって何十日くらい?」
「ほぼ不眠不休で5ヶ月くらいかな」
リアンヌの目標はもう、ここグリンリバーにない。
どうやって王都で本物のゲームチャンプになるか、そのことしか頭にないようだ。
そんなリアンヌを正面に見ながら俺は思った。
結婚すればリアンヌともっと一緒にいられるのかな……と。
その疑問の答えもまたすぐに出た。
否。この気まぐれな女豪傑は、自らが望む場所に行き、気まぐれに立ち去る。
たとえ結婚しようとも、彼女を俺の隣に縛り付けることは不可能だった。