・文明の光を領主邸まで引こう! - メンタルつよつよ -
踊って戦える生ける超重機リアンヌ・アイギュストスの貢献により、電柱工事は着手当日のうちに竣工した。
瓶と亜鉛フィラメントを使った電球も既に、暗闇を払う街灯となるべく必要数が手配されている。
水力発電器の建設にも一区切りが付いた。
どうにか予算を使い切ったと、倹約精神とは無縁の成果報告をアグニアさんが届けてくれた。
一方で水力発電器への投資が終わったことで、コンラッドさんの仕事にもストップがかかった。
「不思議ですな。大きなティーカップと、小さなティーカップ……。冷めるのは常に小さな方が早いというのに、己と殿下のビリビリ保存機はその逆なのでありますよ!」
「そうかな? お茶に対してティーカップが大きすぎると、お茶はすぐに冷めてしまう。ただそれだけのことだよ」
「ああっ、んなぁるほどぉっ!」
「コンラッドさん、今日までバッテリーの増設をありがとう。電気ってとても不安定だし、さぞ大変だったと思ってる」
「いやいやっ、なんでもございませんっ、女性も電気も不安定なものですからなっ!」
「……女性?」
「これは己の持論なのですがね、電気には女性的な側面があるのですよ。あのビリビリを女性だと思うと……ふぅ……。いや、これは失礼っ、ハハハハッ!」
「えっと……ごめん、それはよくわからない。わかりたくない」
彼の倒錯を極めた性癖はさておいて、バッテリーは増やしすぎても意味がない。
放電で電力を失うだけ。
そう判断したコンラッドさんは、いくつかの過剰なバッテリーの接続を外したと報告してくれた。
彼は引き続き、バッテリーの改良をグリンリバーで続けてくれることになる。
さて、残るは硫黄の蒸留だ。
それを使った天然ゴムの加工と、ゴムによる導線のコートだ。
それさえ完了すれば、この世界は変わる。確実に変わると断言できる。
ところが……。
「アリクはん、ここにはけーへん約束やろー?」
「そうだけど、でも着手からもう4日も経ってるし……」
装置は一向に完成しなかった。
それどころアグニアさんはトーマとカナちゃんを味方に付けて、俺にある約束をさせた。
建設中の蒸留施設には近付かない。
危険なガスが発生するかもしれないので、全て現場の人間に任せる、と。
「焦らんでもええ、もうちょいや」
「もうちょいって……ねぇ、あれどれくらい……?」
「ハハハハッ、お子様みたいな言い方するなぁ! あ、お子様やったな」
「ごめん、今不覚にも少しイラッときた」
「お上品やなぁ。な、そーゆーときは、こう言うんやっ! ガキ扱いすんなやこのクソアマッ! こや」
「ええ……っ、そういうのはちょっと……」
俺は忘れていた。
自分が特権階級であり、加えて保護の必要な子供であるということを。
もしアリク王子の身に何か起きれば、周囲の者が責められることになる、という世の中の理不尽な仕組みを。
「男ならガツーンッと言ってやらんかいっ! ほれ言ってみいっ、アグニアのブスッ、スベタッ、ヒョウタンッ、ジャガイモッ、クソ女っ! ほれっ!」
「ほれ、と言われても……」
てか、スベタって何?
ジャガイモって悪口?
美人をブスと言うのは無理がある。
口にしても、言うこっち側が苦しくなるだけだ。
「ねぇ……それよりいつ頃完成する……?」
「うは……っ、子供の振りするのやめーやっ! ……あ、ちごうた、アリクはんは子供やったな」
ただ確認しただけだったのに、無意識に気弱で頼るような声になってしまっていた。
アグニアさんは少し戸惑いながらもやさしい顔をして、いきなり俺の頭を乱暴に撫でてきた。
「明後日までにはどうにかしとく。だからその顔と声はやめーや……」
「ありがとうアグニアさん! ああ、でも安全を最優先でね」
「そんなことよりここは立ち入り禁止や! はよ帰った帰った!」
「ええー、僕が嘆願して予算を通したのに……」
俺はアグニアさんに背中を押されて、蒸留施設の外に押し出された。
「ほな、さいならー」
「あ、待って。言い忘れてたことがあった」
「こらーっ、往生際が悪いでーっ!」
「違うよ、とても大事なこと。父上は僕たちの計画を、自分たちの政治に利用するみたい」
「は? そら、どゆことや?」
「グリンリバーに街灯の光が灯る日、父上は有力者たちをここに集めてパーティを開く。彼らにカナン王家の力を見せつけるためにね」
「なんやそれおもろいやんっ!!」
「え、そうかな?」
「そらお偉いさんどもが腰抜かすってことやっ! ありがとう、やる気ガツーンッと出たでーっ!!」
この人……メンタル強すぎない……?
普通の人間なら臆するところで、プレッシャーをやる気に変えるなんて、とても同じ人間とは思えない……。
「でも、こう言ったらどうかな? ギルベルド兄上の、お母さんもくるらしいよ」
「ほんまか!? 気合い入れて取り入らんとなっ!」
つ、強い……。
アグニアさんはメンタルつよつよだ……。
俺には無理だ。
皇后様は氷のように冷たくて厳格な人だ。
俺なら逃げ出したくなる。
「アグニアさん、何か相談があったらいつでも聞くからね……?」
「そんときは頼むわー!」
そろそろ試作の邪魔になってきたのか、アグニアさんは俺の背中をさらに押して施設から通りまで送ると、自分の仕事場に帰っていった。
彼女を見習って俺も大胆不敵に構えよう。
諸公や有力者たちに、文明の光を見せつけて度肝を抜かせるんだ。
もちろんそこには皇后様も含まれている。
俺たちの力を見せつけてやろう。