・異邦人の知る異邦人
・ホルヘ・カルヴァーリョ
雲行きが怪しくなってきた。
どうやら俺たちは、この世界のアメリカ様を怒らせちまったようだ。
各国の縄張りで、取り締まりがかつてないほどに強化され、売人の逮捕者が急増した。
特にカナン王国とその友邦国では、ほぼ壊滅的と言えるほどの打撃を受けた。
「ホルヘ、お前は何を恐れている?」
「そうだぜ。ミックの叔父貴が大丈夫だって言ってんだろ。気にし過ぎなんだよ、てめーはよ」
「そうだ、焦ることはない。売人などいくらでも代わりがいる」
カナン王国が裏にいる俺たちのことを嗅ぎ回っていると聞いた。
カナンといえば、塩と鉄の販売で飛躍的に成長している超優良市場だ。
それだけ俺たちも派手に薬を売り回った。
金回りのいい国が俺たちのお客様だ。
平民もそれなりに暮らしてゆけるような、支配者が富を独占することのないまともな国が、理想のカモだった。
「そろそろ引き際なんじゃねぇのか、ミック?」
「引き際? 何を言っている、これが我々の家業だ」
「そうだったな……」
親分のミックにその甥のピーター、彼らレミントン家は古くより麻薬産業を商売にしている。
こいつらにはケツをまくって逃げるという発想がない。
「だがカナン王国……。どうもあの国は、嫌ぁな臭いがする……」
「バーカ、どんだけあの国と離れてると思ってんだ! いかに強国だろうと、国境の壁はいくつも越えられねぇよ、このボサ毛!」
レミントン家はこの国の暗部だ。
古くよりレミントン家は、この地の国王の庇護の下、国外へと薬を売っていた。
貧しいこの国が生きるために。
「だが国に切り捨てられてからじゃ遅いぜ。今のうちに事業を縮小しよう」
「ビビリかよ、おめーっ!」
「ホルヘ、お前のその慎重さは認めよう。しかしもうしばらくは大丈夫だ。もうしばらく稼いだら、ほとぼりが冷めるまでおとなしくするのもいいだろう」
金は十分に稼げた。
俺は今日まで十分にいい生活ができた。
この世界で生き抜くコツを、彼らレミントン家に教わった。
この外道どもに感謝しているが……。
やはり、そろそろ引き際だろう。
いくら稼いでも、自分が破滅したら意味がない。
「こうしてぼろ儲けできたのもお前のおかげだ。ホルヘ、お前の功績は認めよう。お前のおかげで、領民生活は格別によくなった」
「へへへ、1人で出て行くってゆーなら、俺は止めねぇぜ」
甥のピーターはいつか俺が組織を乗っ取るのではないかと、恐れている。
その俺が組織から消えれば、後継者はピーターだ。
そのときこの組織が残っていれば、だが。
「ミック、俺を拾ってくれてありがとよ。だけどよ、やっぱどうも嫌な感じがしてな……俺はもう手を引きたい」
「考え直せ、ホルヘ。ここからさらに儲かる。もっともっと稼げるぞ」
カナン王国……。
てんでわからねぇ……。
なんであの国は、いきなり塩と鉄を作り始めた?
なんで都合よくも、あの経済戦争を生き残った?
あの国はなんかがおかしい……。
アリク王子とかいう神童が表舞台に現れてから、ありえねぇ成長を続けている……。
「犯罪組織っていうのはよ、ミック、いつかは潰されるのが宿命なんだ。いつまでも甘い汁を舐めていると、知らねぇうちに、その首に縄がかかってるかもしれねぇぜ」
「おいっ、雑巾頭!! さっきから情けねぇことばっか言ってんじゃねぇぞ!」
「悪ぃ、ピーター。ミックのオヤジをこれからも助けてやってくれ」
「お……? おう……」
ここでの生活は悪くなかった。
俺の故郷はこんなに涼しくなかったが、貧乏で土地が貧しいのは同じだ。
貧しい土地で暮らしてゆくには、これにすがるしかなかった。
これしか俺には取り柄がなかった。
「いやに詳しいな。まるでしくじって処刑されたことがあるみてえな言い方だ」
「はははは……。ああ、あるよ……。だから今回は、もう少し上手くやりてぇんだ」
俺は約束の取り分をミックから受け取ると、一足先に逃げた。
ヤバい予感もあったが、きっかけになったのはアリク王子だ。
どうも信じられねぇが、詳しく調べれば調べるほどにその存在は理解不能だった。
その王子は俺と同じ世界からきたのではないかと、何度も疑いたくなった。
だが俺とその王子は違う。
アリク王子とホルヘ・カルバーリョの間には、決定的な差があった。
そいつが俺と同じ、あっちの世界からきた存在だったとしたら……。
なんで、そいつ……あんなことができるんだ?
俺には製鉄所なんて作れねぇ。
塩田なんて作れるわけねぇ。
それは別に俺がバカだからじゃねぇ。
大半の人間がそうだ!
電子レンジの仕組みを知らなくても使えるし、仕組みを理解しようだなんて普通は考えねぇ!
自分の専門以外のことなんて、わかんなくて当たり前なんだよ!
俺にできねぇことを次々と実現するコイツが、俺は恐ろしい!
敵にするべきじゃねぇ!
だから俺は逃げる。
こいつのいないどこかに逃げる。
このままこのシノギを続けていたら、俺はいつかこの怪物に潰される。
ここが引き際だ。
こうなればあの怪物のいない世界に逃げるしかない。
やつの手の及ばない新天地を目指して、俺は世話になった組織を抜けた。
更新が遅くなり申し訳ありません。
明日の投稿分をせっせと用意していました。
本日、拙作ポーション工場コミカライズ版の更新日です。00時更新で今すぐ読めます。
やっつけコミカライズとは対極に位置する良コミカライズです。どうか読みにきて下さい。
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