・文明の光を領主邸まで引こう! - スケベなんか? -
2往復かけて、全ての資材を建設予定地に運んだ。
それから達成感を覚えながら屋敷に戻ると、アグニアさんの姿が庭園の東屋にあった。
「あの変態ならけーへんでー。潰したった!」
「わー、カワイソー。アグニアさん、おはよー!」
「おはよーな。しっかし、ホンマ元気な姫さんやなー」
「アグニアさんも相当だと、僕は思うけどな……」
「でも私、アグニアさんほど頭よくないし!」
貴族として、君はそれでいいの?
と、問うても答えが見えているから言うのを止めた。
「ってことで、ムズカシーことはわかんないし、私はみんなを手伝ってくるね!」
「はははーっ、働き者やなぁ!」
「あ、そだ! アグニアさんっ、アリクって最近エッチだから気を付けてっ、それじゃ!」
最後に爆弾を投げ付けて、リアンヌはそそり立つ電柱にそって爆走していった。
後には、やけにニヤニヤしたアグニアさんの顔が残った……。
「10歳でもうスケベなんか? 将来末恐ろしいやっちゃな」
言われて俺は思った。
覆水盆に返らず。
やってしまった事実は、もう消えないんだって……。
寝てるトーマの身体を触ってもなんの興奮もなかったのに、スケベのレッテルだけが残った。
「わからない……。もしかしたら、そうなのかも……」
「ギルとは似とらんなぁ……」
そうなのか。
兄上ってやっぱり、恋愛の方でもマジメなんだな。
プラトニックな付き合いを徹底する兄上の姿が目に浮かぶようだった。
「ほな、これから硫黄専用の炉を、うちらで設計しにいこか」
「作れるのっ、硫黄!?」
「たぶん、どうにかなるやろー。黄鉄鉱を熱して、気化した硫黄を冷やせばええんや」
「あ、そうか! 硫黄はそんなに沸点は高くない! だったら蒸発した硫黄を冷やせば、抽出できる!」
「せやけど、問題は毒性やなー。工業区画でやったら猛反対されるで」
「危険だね……。でも今は硫黄が必要だ、やるしかないよ」
公害をまき散らすほど作ったりしない。
あくまで天然ゴムを硫黄で加工する分だけ作れればいい。
そう考えると大規模な施設は必要ない。
人があまり近づかない場所に、小さな蒸留装置を作ればいい。
「やっぱ兄弟やし、ギルと似てるとこもあるなぁ……。そういうところは、ギルと似とる」
「僕と兄上が……? 僕たちって、共通点とかあったんだ……」
兄上とアグニアさんが仲良くなって、俺とアグニアさんの関係性も少し変わった。
アグニアさんからすれば俺は、大切な人の弟だ。
「似とるところは似とるでー。普段クールに気取ってるくせに、やったら頑固で、熱くなると何言っても止まらんところや」
「僕は兄上ほど頑固じゃないよ」
「ははははっ、そりゃないないー!」
大きく手を振って否定された。
「そ、そう……?」
「頑固さで言えば、アリクはんはギルよりたち悪いわ」
「そんなことないと思うけど」
「あるで。ギルの反対を押し切って、アリクはん、あんとき我を通したやろ?」
あんとき?
思い当たることといったら――ああ、あのときかな。
「それって、僕がカナちゃんと八草さんを助けに行ったときの話……?」
「せや。人の話、全く聞かんところがそっくりや!」
「……それを認めるとして、アグニアには言われたくないよ」
「あ、それほんまやなぁーっ!」
アリク王子は頑固でわがままで、クールを気取ってるくせに熱くなると何をするかわからない。
反論の言葉が全く出てこなかったので、俺は硫黄の蒸留の話に話題をすり替えて、アグニアさんの工房へと出発した。
尊敬する兄上と似ていると言われて、俺は少しだけ嬉しかった。
この頼れるお姉さんと一緒に、これから黄鉄鉱から硫黄を蒸留する装置を作ろう。