・文明の光を領主邸まで引こう! - 発明の母は指弾である -
誰に想像できただろうか。
友達に怒られて、友達に狙撃されて、生き残って、誤解が解けたその翌晩――1週間掛けの悩みが努力なしで解決するなんて。
「ねぇねぇアリクアリクー。なんか、ボールが変なんだけど、アリク何かしたー?」
目を覚ますと、リアンヌがさも当然と部屋にいるのにも慣れた。
カナちゃんとトーマは基本的に自分の部屋に帰るのに、リアンヌだけは眠気に逆らわない。
俺が遊び潰れると、リアンヌは必ず俺に布団をかけてくれて、6割方の確率でそのまま隣で寝る。
そして翌朝、俺を驚かす。
それが日常になってきていた。
「お願い……寝かせて……」
「えーー、でもさーー? なんかこれ……ずっとアリクが作りたかった状態なんじゃないかなぁ……?」
「君に付き合っていたら、僕は40を迎える前に死んじゃうよ……。もう少し、寝かせて……」
「そんときは、サボラルしてあげる! 『ザボラルーッ、しかしアリクは生き返らなかった!』」
リアンヌは俺を寝かせるつもりはないらしい。
ゲームの魔法を唱えるようにそう叫ぶと、何かであおったのか涼しい風を3回こちらに送ってきた。
ん、3回……?
なんで3回なんだろう?
いや、待てよ、これって、まさか……。
「ちょ、ちょぉぉーっ?!」
「へへへーっ、上手くなったでしょー、風魔法! もう壁とか吹っ飛ばなさないよーっ」
それはリアンヌのウィンドの魔法・自動3連発動だった……。
「君は、恐い人だね、リアンヌ……。心臓が、止まるかと思ったよ……」
「ひどっ! そこは褒めるとこでしょーっ!」
「だってその魔法、本気を出したら内臓破裂確実の空気砲じゃないか……。人に使っていい力じゃないよ……」
「アリクにそんなことするわけないじゃん」
「昨日あれだけのことをしておいてっよく言うよっっ?!!」
ところがリアンヌは、反論の代わりに天然ゴムのボールを俺の鼻先に突き出した。
そんなに何を主張したいのか気になって、俺はそれを受け取って観察する。
「あれ……?」
「ねっねっ、これって、私たちが知ってるゴムになってたりしないっ!? いい感じに固いし!」
天然ゴムの一部の表面が硬化している……。
指をゴムに押し付けても、天然ゴムのようには指を飲み込まない。
その表面は指の侵入を拒んでいた。
リアンヌが言うとおりだ。
これは、俺たちの知るゴムだった……。
「え、なんで……。あっっ、そうか、この黄鉄鉱っっ!!」
「その金キラの石ころのこと? へーっ、王様の鉄って言うんだーっ!」
「黄鉄鉱の組成……リアンヌは覚えてるっ!?」
「ソセー? ナニソレ? そんなの私が知るわけないじゃん。覚えてる以前の話だよ、知らなーいっ!」
鉄はもう試した。
鉄ではなんの変化もなくて、鉄鉱石を使うという発想にならなかった。
黄鉄鉱に含まれる鉄以外の成分。それが天然ゴムを変化させた。
ならこの黄鉄鉱を精錬して、鉄から分離させた別成分を天然ゴムに混ぜれば……。
もしかしたら、きっと!
「その王鉄鉱からアリクの鉄ができるの?」
「ううん、僕たちは砂鉄を使ってる。あれなら鉄と一緒にアオハガネも精錬できるし、変な鉄鉱石だと問題が起き――あっ、ああああーーっっ?!!」
黄鉄鉱! 前にもこれ、使ったじゃないか!
これを鉄にしようとしたら、硫黄の煙が炉から発生して大変なことになった!
硫黄だ!
硫黄が天然ゴムをゴムに変えるんだ!
まさか失敗が答えの鍵になるなんて!
天然ゴムの母は、殺人指弾だった!
「殿下、何か問題でも?」
俺が叫んだからか、トーマが部屋に押し入ってきた。
パジャマ姿のリアンヌと一緒にいる現場を見られるのはいつものことだけど、慣れたとは言えない。
気恥ずかしかった。
でも今はそれどころじゃない!
「よくきてくれたトーマ! 至急、アグニアさんに連絡を! 黄鉄鉱から硫黄を抽出する方法を知っているか、聞いてほしいんだ!」
「おうてっこう? いおう、でございますか……? 専門的な単語が多いので、いっそ手紙にまとめられては……?」
「それもそうだ! すぐにしたためるから、トーマは配達の準備を!」
「ではターニャに任せましょう。アグニア殿がこの時間に、ちゃんと起きているかはわかりませんが」
鍵は硫黄だ。硫黄さえ抽出できれば完璧な電線が作れる。
俺はペンを滑らせて、アグニアさんへと大発見と、こちらの意図を伝える手紙を書いた。