・文明の光を領主邸まで引こう! - 好奇心という名の病理 -
「すごーーいっ! 恥かかせて反省させるつもりだったのに、受け止めちゃった!! 今度キャッチボールしよ、アリクッ!」
「絶対嫌だよっっ!!」
「伊良部より速いよ!」
「いや、誰っ?!」
俺は黄鉄鉱がめり込んだ天然ゴムのボールを確かめた。
ボールには深い孔が出来上がっていて、もう少しで貫通するところだった。
「ま、これに懲りたらエッチなことはしちゃダメだよ。カナにはっ!」
「自分にする分にはかまいませんが、カナにはお止め下さい。さしもの自分も、そのときばかりは怒りを自制できなるかと存じます」
「してないって、言ってるじゃないか……」
人間不信になりそうだ……。
ちょっと女の子にイタズラしただけなのに、なんて酷い扱いなんだ……。
不当なような、妥当なような、酷い誤解にちょっとだけ悲しくなっていると――そこにノックが響いた。
「あ、待ってたよ、カナちゃんっ! どうぞ、中へ!」
「あ……。ノックだけで、わかるものなんですね……」
やっぱりカナちゃんだった。
カナちゃんの声はちょっと嬉しそうな響きで、それは俺の身の潔白を証明する状況証拠になった。
カナちゃんは耳がいいから、この一部始終を聞いていてもおかしくない。
実際、彼女は部屋に現れるなり申し訳無さそうに小さくなりながら、アリク王子の弁護をしてくれた。
「アリク様は、わるくありません……。ただ……おはなしは、ちゃんと、きいてほしかったです……」
「ごめん……これからは没頭し過ぎないよう気を付けるよ……」
こうして俺の誤解は解かれ、トーマは俺に平謝りしてくれた。
リアンヌも謝ってくれたけど、俺なんかよりカナちゃんが気になるようだ。
部屋のすみっこでカナちゃんとくっついて、しばらくヒソヒソ話をしていた。
「なーんだ、そういうことかぁ……!」
「お、おさわかせ、しました……。うち、侍女なのに、とてもゆるされないことを……」
「いくら恩人だからって、そこまでなんでもかんでも差し出すことないよ。カナが自分を差し出したいなら、話は別だけどねっ」
「そ……そんな、つもりは……っ」
「ほんとにー?」
「ほ、ほんとうです……。もう、あんなこと、いいません……」
なんの話をしているんだろう。
この騒ぎの根本原因を知る権利は、被害者であるはずの俺には――どうやらないようだ。
カナちゃんはなぜだか恥ずかしがりながらも、申し訳なさそうにリアンヌに何度も頭を下げている。
わからない。
なぜリアンヌにあんなに謝るのだろう……。
「私ね、まだ12歳だけど実はもっと長く生きてるの。そんな私からするとね、カナはね、すっごく守りたくなる妹みたいな子なの。だからー」
あっちの話には混ぜてもらえそうもないから、トーマを手招きしてボードゲームに誘った。
トーマでトーマで、誤解で主人を糾弾してしまったことに気を落としていたから。
「アリクのこと、カナに分けてあげてもいいよ」
「え……っ?!」
「だってカナは、私の大事なお友達だもん。こんなに性格のいい友達、手放せないよ! 大人になっても別れなくない! ずーーーっと、友達でいてよっ!」
気のせいか、カナちゃんの顔が赤いような……。
対するリアンヌの顔がキリリとしていて、まるでカナちゃんを口説いているかのように見える……。
2人はそのあとも、仲良く内緒話を続けていった。
「同じ女として、殿下に仕える者として、カナが何を言ったのかわかったような気がします」
それからしばらくすると、対戦相手トーマがポツリとつぶやいた。
「本当? なんて言ったと思うの?」
「申し訳ありませんが、それは口が裂けても言えません。立場、友人、双方の面から黙秘します」
「被害者の僕に、真実を知る権利はないと……?」
「は、申し訳ありません。……殿下が血迷って、カナの話を真に受けても大変困りますので」
「教えてくれないのに好奇心だけ刺激するの止めてよ……。気になるじゃないか……」
「ええ、そうです。好奇心、それこそが殿下のご病気なのです」
トーマからすると、それで綺麗にオチる話らしかった。
でもこっちはスッキリしない!
悔しいからトーマのやつをボードゲームでボコボコにしてやると、いつの間にかリアンヌとカナちゃんが左右にいて、いつものように楽しい夜を過ごせていた。
好奇心。それこそがアリク王子の病気。
後から思い返してみると、自分でもしっくりくる言葉だと感じた。
好奇心。それこそが人を狂わせる病理だ。
アリク王子がエッチになってきて作者自身も困惑しています・・・。