・電熱線を試作しよう - 憲兵隊を組織しよう -
「確かに、暮らしづらくなったかもね。治安の悪化も空気の汚染も、全部僕のせいだ」
「認めるのか」
「だって事実だもん。僕が労働者をかき集めなかったら、今起きてる諸問題も発生しなかった。僕のせいだよ」
「なるほど殊勝なことだ。それで、俺に問題の尻拭いをしろと?」
ロンソさんのその返答は町長さんを怒らせた。
「ロンソッ、それ以上の不敬は許さんぞ! このお方は領主にしてこの国の第二王子であるのだぞ!」
「ふん、それが何か?」
トーマは沈黙を守っていたけど、俺の真後ろに控えてロンソさんを鋭く睨んでいる。
しかし相手は戦場を生き抜いた退役軍人さんだ。
若造と老人に睨まれても屁でもないみたいだ。
「こうなった以上は、誰かが治安を改善しないといけないんだ。やりたい放題した僕の尻拭いをさせるようで申し訳ないけど、憲兵隊の指揮官になってもらえないかな?」
俺が下手に出て頼み込んでも、ロンソさんは胸の前で腕を組んで、不満そうにそっぽを向くだけだ。
「そもそも組織するにしても、人が集まらん。農地は殿下のせいで人手不足だ。収穫期までには、若い連中を畑に返してもらえるんでしょうな?」
「作付けと収穫期は畑に戻るように、そう徹底させるよ」
「それはありがたい。だが、今憲兵になりたがる者がどれだけいるか、わからないぞ」
「うん、そうだね……」
自分が生み出した雇用に、自分が苦しめられることになるとは思わなかった。
憲兵隊を組織しようにも、今は建設労働者の方が割がよくて人が集まらない。
それに兵隊だ。
いざとなったら戦わなければならないし、訓練もきつい。
「ならこうしましょう。遊び回ってるガキどもを叩き直すんです」
「えっ?」
「殿下のせいで町が豊かになりましてね。家業を手伝いもせず、毎晩騒ぎ回っているクソガキどもなら、ちょうど手が空いている」
「お言葉ですがロンソ殿、それは治安を乱す側の人間なのでは……?」
トーマはこの案に反対みたいだ。
ロンソさんはやっと口を開いたなと、不機嫌そうな顔でトーマを睨む。
「なら、あんたが連れてこい。手の空いてる若者が、見つかるもんならな」
「く……っ、だからと言ってアウトローを使う必要がどこにある! それにそもそも、殿下は悪くないっ! 殿下は民のためを思って行動しているのに、さっきからなんだ、その言い方はっ!」
ごめん、トーマ、それは違う。
俺は民のためではなくて、常に自分のために行動している。
グリンリバーというこの箱庭を発展させて、自分が楽しむためにがんばってる。
民のためじゃない。
面白いからこうしているだけだ。
「上手くいくのかな? グレているような人たちを憲兵にして、新しい問題を引き起こすようなら意味がない。ロンソさんなら上手くやれるの?」
「見込みのないやつらは叩き出す。殿下は領主として、俺の言う連中に労役を命じるだけでいい」
この話、失敗する可能性も高そうだ。
俺はロンソさんの計画を慎重に検討した。
「頼む、やらせてくれ。グリンリバーの現状は見るに見かねる」
「……なら最初から、ヘソを曲げないでその本音を言ってくれたらよかったのに。わかった、ロンソさんに任せてみるよ」
だけど他にない。
グリンリバーの外から人を引っ張ってきて、その人たちを憲兵にしたら別の問題が起きる。
だって人間っていうのは、自分の立場で考えて、自分の立場で行動する生き物なのだから。
だから憲兵隊を組織するなら、地元の人間でなければらない。
「話のわかる領主でよかった」
「こちらこそ、僕のわがままのせいで苦労をさせてごめんね」
「それと、きつい言い方をしてすまなかった」
「ううん、実直な人は嫌いじゃないよ。王族をやっていると、特にそう感じる」
ロンソさんの大きな手と握手を交わして、彼の家を出た。
今回の件は俺にとって小さな発見だった。
革新と発展を望む人がいる傍らで、現状維持を望む人たちがいる。
後者の人々からすれば、俺はちょっとした悪代官なのだろう。
俺は結果的に治安を乱し、雇用を混乱させ、環境破壊をしている。
俺の行動は多くの人を幸福にする一方で、いくらかの人々を不幸にしていた。
ともあれこうして、グリンリバー初の軍隊が組織されることになった。
父上からの借り物の近衛兵ではない、俺たちの手足となる軍隊。
これの新設の意味はとても大きかった。
アリク王子に赤紙を送り付けられて、ロンソさんに叩き上げられることになるグレたお兄さんたちには、ちょっと申し訳ないけど……。
この機会に俺の手足になってもらおう。
だって俺は王子で代官だし、封建主義のこの世界では、赤紙を送り付ける権利が領主にあるのだから。