・電熱線を試作しよう - 僕のせい -
翌朝、トーマはこう言った。
神妙な面もちで政務室のソファーに腰掛ける俺のひざまづき、やがて覚悟を決めたかのように顔を上げて、こう言った。
「自分はアリク殿下の小姓……。もし、殿下がお望みになられるのならば、自分はただ、小姓としての務めを果たすまで……」
「うん……? 急にどうしたの、トーマ?」
「はっ! もし劣情を催した際は、ぜひこのトーマに叩き付けていただけるとっ! それが、小姓の務めとっ、昨晩考え直しましたっ!」
「え、ええ……っ? いや、劣情、って……」
「はいっ、どうかっ! 催しの際はこのトーマに遠慮なくお叩き付け下さい! 古くより小姓とは、そういうものにございます、殿下っ!!」
その理屈を『はい』と通してしまうと、父上とジェイナスの関係がだいぶ怪しくなってしまう……。
だけどこれ以上トーマを刺激するのもどうかと思い、俺は割り切った。
「わかった、そうするよ」
「は、はいっっ?!! そ、そそそ、そうされてっ、しまわれるのですかっっ?!!」
「うん。まあその時になってみないとわからないし、有り難く申し出を受けさせてもらうよ」
「あ…………あ、あの……で、殿下……っ、自分は……いや、こ、心の……準備が……っ」
「そんなことより午前のうちに政務を終わらせたいんだ。悪いけど今日も手伝ってくれる?」
赤くなって動揺する年上のお姉さんが面白くて、俺はトーマに無邪気に微笑んでいた。
子供らしい顔を見せたからか、トーマは次第に落ち着いて、政務という名の厄介な日常に返っていった。
・
急に人が増えたものだから、小さな問題もたくさん増えていた。
用水路で小をする建設労働者たちをなんとかしてくれ、とか。
住宅街で盛り場を経営する迷惑な店主をどうにかしてくれ、とか。
小さな窃盗や、喧嘩の仲裁を求める陳情もかなり増えた。
「こういった雑務は町長らの役回りなのですが、聞くところによると、あちらも全く手が回っていないそうで……」
「仕方ないよ、一度に人が増えすぎたんだ」
「しかし殿下、こんな小さな陳情まで処理していたら切りがありませんよ。この機会に軍を――憲兵隊を組織されては?」
「このままだと、そうするしかないのかな……。経費がかさむなぁ……」
王族って大変だ。
極力自分のしたいことだけして生きたい人間には、まるで合わない身分だ。
今日は午後から電熱線の試作に入りたかったのに、朝から雑務が多すぎる……。
「八草殿がいれば、憲兵隊の結成も楽だったのですが……」
「そうだね。でも言っても仕方のないことだよ」
グリンリバーの予算はもうかつかつだ。
憲兵隊を組織するには、父上に融資を求めないとならない。
同時に、融資を受けられること前提で、町長さんたちとすぐに打ち合わせをする必要がある。
「電熱線は明日にして、今日の余暇はリアンヌ様との休暇に回されては?」
「そうするよ……」
「焦ることはありません、殿下。自分たちは確実に前進しています」
未来の自分が楽をするために、俺は父上に融資を求める手紙を書いて、それから町長さんのお宅に出向いた。
町長さんいわく、農村部には最近地元に帰ってきた退役軍人の男がいるそうだ。
そうと決まると、その足でその退役軍人さんのお宅を訪ねた。
「やっと動いて下さったか。最近のグリンリバーの治安は目を覆いたくなるものがある。この前など、殿下が呼び寄せた労働者どもが、町の娘に狼藉を働きました」
退役軍人さんはロンソという名前で、俺、アリク王子にあまりいい印象を持っていなかった。
アリク王子のせいで治安が悪化したと、そう口にするのをはばからなかった。
「これ、ロンソッ! アリク殿下になんという物言いだ!」
「事実を言ったまでだ。確かにグリンリバーは豊かになったが、治安は悪化し、空気が不味くなった。特にあの労働者どもはたちが悪い」
町長さんは俺が気分を害すると思ったらしい。
だけど俺はこの40過ぎほどのおじさん、ロンソさんのことが気に入った。
アリク王子に取り入って一儲けしてやろう。
そう考えておべっかを連ねる陳情者たちや商人に、うんざりしているのもあった。
ロンソという男は少なくとも実直で、嘘を付いたり、調子のいいことを言うような人間には見えなかった。
コミカライズ版「ポーション工場」が先日9月9日より、マンガがうがうで連載中です。
昨晩読みましたが、サービス精神旺盛でとても読みやすいマンガになっています。
最近は読みにくいなと感じるマンガが多い中、凄く読みやすく、そしてヒロインがかわいくて、ちょっとエッチで、生き生きしているいい仕事になっています。
よければ、アプリ「マンガがうがう」をインストールして、こちらの作品も読んでみて下さい。