・温室を作ろう - 電熱線 -
夕方前。温室の完成を目前にして、ある品物が屋敷に運ばれてきた。
それは電熱線の材料候補だ。
電熱線の試作に今日着手するには遅かったので、検品だけ済ませてから、全て屋敷の納屋に運んでもらった。
「殿下、ついに温室が完成しました。リアンヌ様とご一緒にどうですかな?」
「トーマ、リアンヌとカナちゃんを呼んできて」
「…………え? あ、すみません……。なんですか、殿下……?」
「リアンヌとカナちゃんを温室に呼んで」
「あ……はい……すぐに……」
やけに慎ましく、内股でトーマは屋敷に駆けていった。
それはきっと俺のイタズラのせいなんだろうけど、やっぱりピンとこない。
「トーマ殿と何かございましたか?」
「寝ているところをちょっとイタズラしたんだ」
「なんとっ?! い、意外に……殿下はヤンチャにございますな……。しかも、男同士とは、また……」
「変な誤解しないで。それより行こ、タルバさん」
自分の部屋から出て、庭園に建設させたあの温室を訪れた。
ガラスをふんだんに使っただけあって、外側から見た温室はとても壮観だった。
面積の半分をガラスに覆われたその建造物からは、文明と財力の力を感じさせられる。
色づいた夕日が温室内部に射し込み、ガラスにより分離された光が七色に輝いていた。
「すごい。こんなに立派になるとは思わなかった」
「同感です。一見は金持ちの道楽や見栄でございますが、この温室は高い機能美を秘めております。これに携われて光栄にございますよ、ほっほっほっ」
これでタルバさんの仕事は終わった。
じきに彼はアイギュストスを去るだろう。
「では、何かあればお呼び立て下さい」
「ありがとう、貴方を頼って正解だったよ、タルバさん」
「次のご依頼、お待ちしております」
タルバさんが去り、入れ替わるようにリアンヌとカナちゃんが現れると、俺は温室の中に2人を招いた。
「わぁーっ、ここ暖かいっ! それにすごっ、ホントに温室になってるぅーっ!」
「ふしぎです……。たてものの中なのに……おそとに、いるみたい……」
屋敷の外はもう肌寒くなってきていたのに、温室の中はまだぽかぽかと暖かかった。
俺とリアンヌは一緒にカナちゃんを材木に座らせて、カナちゃんを囲んで腰を落ち着かせる。
さすがに高く付いたけど、それだけの価値がこの温室にはあった。
「後はここに電気式の暖房を取り付けるんだ。そうすれば南国の植物をここで育てられる」
「ねぇアリク、栽培とか止めて……ここを家にしないっ!?」
「生憎だけど、ガラス張りの家で暮らすような度胸は僕にはないかな」
「えーーっ、でももったいないよー! ここなら夜とか、暖かいまま星とか見れるじゃん!」
「うちは……なんごくのお花が、きになります……」
1つ、俺のプランには問題があった。
香辛料を育てようにも、香辛料の苗木が手元にない。
手に入るまではここを使い余すことになる。
「うん、まあ、手始めに花も悪くないね。花なら温室を持つ貴族から、球根や苗木を分けてもらえるし」
「い、いいのですか……っ!?」
「えーっ、サツマイモはーっ!?」
「サツマイモ……? うん、あの辺の隅っこでいいなら……」
「わかった、あそこ半分ね!」
「いや半分って……。僕の温室を勝手にイモ畑にしないでよ……」
「イモさ植えるだーっ! 甘くてホクホクのサツマイモ、手に入れてくるねーっ!」
「いや、だからイモじゃ採算が……」
「大丈夫、イモは万能だから!」
球根や花の苗木の手配は母上に頼もうか。
モクレンやプルメリア、ハイビスカスにダンディライオンをここで育てて、王宮を艶やかな南国の花で飾りたてる。
そうすればカナン王家の権威は高まり、権威にあやかろうとする諸侯や豪商が花を欲しがるようになる。
でも、イモは欲しがらないだろうな……。
いくらサツマイモが女性を魅了する魔力を秘めているからって、イモでは温室の採算が合うはずがなかった。