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・兄、帰る

 それから一晩明けた翌日の昼過ぎ、俺は謁見の間で陳情の処理をしていた。

 昨晩リアンヌに付き合ってしまったことを後悔しながら、あくびをかみ殺して民からの提案や頼みを聞いていた。


 ところが急に外が騒がしくなった。

 外からターニャさんの高い声がして、屋敷に誰がやってきたのかを察した。


「申し訳ないけど、優先しなきゃいけない人が帰ってきてしまった。心苦しいけど、話の続きはまた明日でお願い」


 陳情者を背中に謁見の間を出ると、エントランスホールにギルベルド兄上の姿が現れた。

 兄上は八草さんとターニャさんを引き連れて、俺の前にやってきた。


「助かった」


 くいと右後ろの八草さんに顎を送って、兄上はその極上の援軍に感謝した。


「助けやした、殿下」


 2人はちょっと妬けてしまうくらいに良いコンビだった。

 さすがの八草さんも、兄上の前では駆けつけてきたカナちゃんにデレデレなんてしなかった。


「客人よ、悪いが出直してくれ。いくぞ、アリク」

「うん、詳しい話を聞きたい」


 兄上の背中を追って、八草さんとエントランスホールの階段を上がった。

 政務室に入ると、兄上は書斎机に座りかけて、もうそれが自分の物ではないことを思い出したみたいだ。


「使っていいよ、今の僕には大きすぎる」

「では、借りよう。……ところで、あの女はどうしている? あの無礼な女だ」


「わからない。昨日は電球の実験が成功して、夜はドンチャン騒ぎだったから」

「お前の言っていた、油に頼らない照明か」


「そうだよ。僕はそんなつもりはなかったんだけど、みんな電球がもたらす白く強い光に興奮しちゃって。夜になったらぜひ、兄上にも見せたい」

「ほぅ……お前にも計算外があるのか」


「毎日が計算外だらけだよ。それで……そっちは?」


 俺が聞くと、兄上は俺の隣の八草と目配せし合った。


「お前には抜け駆けの前科がある。そんなお前に、いたずらに情報を与えたくない家族の気持ちは、わかるな?」

「でも教えてくれるんでしょう?」


「この弟は……。お前もなんとか言ってくれ、八草……」

「それに関しちゃ、俺っちも共犯であり、演技とはいえ誘拐犯本人ですからねぇ……」


 兄上は頬杖を突き、とても難しい顔で俺たちを見る。

 呆れ果てているか、疲れ果てているか、その両方だった。


「父上の説得により、議会はようやく重い腰を上げた。国内外の諸侯と協力して、薬の出所を探ることになった」

「どうも妙なのは、その薬の質なんですよ、殿下」


「先に言うな」

「質? どういうこと?」


「恐ろしく純度が高いのだ。しかも、以前よりも安く買えるという。これまでは退廃的な趣味を持つ富裕層の嗜好品だったものが、全く別の物に変わってしまった」


 それは……現代の歴史でもあったことだ。

 そう、それはまるでアヘン戦争だ。

 あれも確か、純度の高い国外産の麻薬が問題になった。


「金持ちならば中毒になっても、多少身を崩すだけで済んだ。だがどうもこれはそうではない。安価、そして高い依存症、これが問題なのだ」

「これが結構深刻なんでさ。流通量は陛下の推測の3倍を超えてやした」


 今やカナン王国は空前の好景気だ。

 その豊かさに目を付けたものが、人を冒す毒で富をかすめ取ろうとしている。

 俺たちからすれば思わぬ難敵だった。


「そこで我々は、どんな強引な手を使ってでも、我が国に薬を流している組織を叩き潰すことに決めた」

「諸国への布告が予定されているそうでさ」


「麻薬組織を庇う国とは一切の取引をしない。最悪は戦争も辞さない」

「え、また戦争っ?! 不経済だって言ってるじゃないかーっ!」


 聞けばあの麻薬入りのお菓子屋さんは、調べてみたところカナン王国中に現れていたそうだ。

 菓子を気軽に買えるそれなりに裕福な層の子女がそれに引っかかり、その家族が八草さん同様にブチ切れた。


「ってことで、殿下の出番はありやせんぜ」

「そういうことだ。……おおそうだ、帰りに橋を見たぞ。この短期間であそこまで完成させてしまうとはな」


「ハハハ、なんか帰ってきてくれよぉって、俺っちも現場からすがられちまったけどなぁ……!」

「それはみんなの本心だよ。八草さんはそれだけいい仕事をしてくれてたんだよ」


「よしてくれ、くすぐってぇ」

「悪いがしばらくは返せん。文句があるなら、もし俺のところにこいと言っておけ」


 それができる人は、父上かアグニアさんの他にいないと思うけどな……。


「八草、しばらく休め。俺とアリクはもう少しここで話す」

「そうだね、カナちゃんのところに行ってあげて。時々寂しそうにしていたから」


 特に他の話題があるわけでないけど、早く家族のところに行かせてあげたかった。

 できればアグニアさんのところに兄上も。


「アーリクーーッッ、仕事終わったーっっ!? あーそぼーーっっ!」


 仕事は終わってない。

 けれど彼女に誘われては、行かないわけにはいないだろう。


「解散だな」


 俺たちは解散して、それぞれの待ち人のところに向かった。

 俺としては今度こそ、一言リアンヌに言ってやりたかった。


「今夜も一緒に遊ぼうねっ、朝まで!」

「朝までは無理だけど、眠くなるまでは付き合うよ」


 一言なんて言えなかった。

 結局、遊びの誘いを断れなくて、引きずり込まれてしまうのが俺の日常だった……。

明日更新、遅くなります。

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