・グリンリバーを照らす電球を作ろう - コミュ障の主張 -
「あー、もしかして例のやつ、取りにきたん?」
「うん、そのためにきたんだ。無理を言っちゃったけど、できた……?」
「うちを誰だと思っとるんやーっ? ま、見ときーっ!」
そう言ってアグニアさんは、ハンドル付きの不思議な道具を取り出した。
車輪が二つ付いていて、ハンドルを回すとその2つの車輪が回る。
アグニアさんは細い亜鉛の針金を、その車輪の間にかけてハンドルを回した。
圧縮された亜鉛はさらに細く長く延びていった。
「すごい、アグニアさんってやっぱり天才だよ」
「アッハハハッ、発明殿下に言われるとこそばゆいわー。あ、ほんでなー、これをもう一段小さな車輪の中に通してなー」
アグニアさんは針金製造機の車輪部分を取り替えた。
そしてそれを使って、細くなった亜鉛の針金をさらに圧縮しては車輪を取り替えて、ただの針金を糸に変えていった。
ほどほどの電気抵抗を持った融点の低い金属の糸、フィラメントの完成だった。
「どやっ!」
「うん、僕が欲しかったのはこれだよ!」
「脆い亜鉛をこないに細くせーなんて、毎度毎度、無茶ゆーてくれるわー」
「そうだ、細い棒はある? ドライバーくらいの細さでいいんだけど……」
そうお願いすると、アグニアさんのポケットからドライバーが出てきた。
俺はそのドライバーの細い部分に、アグニアさんに作ってもらったフィラメントを重ならないように巻き付けた。
そしてドライバーを抜けば、電球の発光部分の完成だ。
「ありがとう、これで電球が作れるよ」
「こうなったら完成まで付き合うで。他の子たちにはふられたんやろー?」
「うっ……。そうだけど、どうしてわかったの……?」
「こないのは男の趣味や。ま、うちは大好きやけどなー」
最初からリアンヌもトーマも興味のないことだった。
確かにそうかもしれない。
だけどこの電球が光れば話は別だ。リアンヌが手のひら返してはしゃぐのが見える。
電気照明のまぶしいくらいに明るいあの輝きを、俺は同じ世界からきたリアンヌに見せるんだ。
闇を駆逐するまばゆい光が夜を照らしたとき、この世界は変わる。
「じゃあお言葉に甘えて実験だ。ここに中に真空にした瓶がある」
「シンクー? それになんや、変なの入っとるでー?」
「これはポップコーン。今日作ったお菓子だよ」
瓶を開封して、松ヤニを取り除いてからポップコーンをアグニアさんに差し出した。
アグニアさんは身をかがませてポップコーンの匂いを嗅いでいる。
それが食べられそうだとわかると、アグニアさんは大口を開けて俺の指から直接食いついた。
「ええやん、これ。味付ければ結構いけるんちゃう?」
「お口に合ってよかった。塩とバターで味付けすれば、もっと美味しいよ」
これで邪魔なポップコーンを処分できた。
続いて俺は電極付きのフタをアグニアさんに見せて、そこにハンダでフィラメントを繋いでもらった。
「せやけど、なんでこないなこと思い付くん? 空気を無くせば燃え尽きないとか、普通思い付かんやろー?」
「うん、実はここだけの話……全部、人に教わったことなんだ」
義務教育ってバカにならない。
だけどその義務教育では、風魔法で真空を作る方法は教えてくれなかった。
俺は魔法で瓶の中を真空状態にして、アグニアさんにフィラメントと電極付きのフタを閉めてもらった。
さらに空気が入り込まないように、ハンダを使って瓶を完全密封すれば、これで電球の完成だ。
瓶を利用した物だから不格好だけれど、この間に合わせ感が気に入った。
「上手くいくとええなぁ……! なんかうち、わくわくしてきたわーっ!」
「欲を言えばさらにフィラメントを細くしたかったんだけど、まあきっとなんとかなるよ」
「さらに細く? ほんま、無茶ばかり言うお人やなぁ……」
「いつも無理な注文ばかりでごめんね。……さあ、後はこれを発電器に繋げるだけだよ」
「ほないこか!」
アグニアさんと一緒に川辺の水力発電器のところに向かった。
現地では今もコンラッドさんがバッテリーの改良と増産を行っていて、俺たちが姿を現すと、それはもうご機嫌で迎えてくれた。
「おおっ、お待ちしておりました、殿下っ! さ、見て下さい、この甘美なるビリビリ保存機の整列をっ!」
「バッテリーな。ビリビリ保存機やと言いにくいやろ」
「己にとって電気がビリビリで、バッテリーはンギモヂィィッ保存機なのです」
とにかくバッテリーの増産は順調だった。
水害対策に高く作られた屋根付きの土台の上に、灰色の磁器で作られた箱が等間隔で整列している。
それらにはコードが繋がれ、そのコードは水力発電器に取り付けられていた。
「見て、コンラッドさん、ついに電球が完成したんだ。これをコンラッドさんが作ったバッテリーに繋げてくれる?」
「おおっっ、それこそが炭と油にすがりつく愚かなる煤まみれ民に、新たなる福音を鳴らす新世界の鐘ィィッ!!」
何言ってるのかわからないけど、コンラッドさんは電球を受け取ってくれた。
「うち、この男のこないなとこ、ほんまわからへんわー」
「ハッハッハッハッ、アグニア殿は文学の深みをご存じないようですなぁ!」
「な、ウザいやろー? こいつ、自分の好きなことの話しかせーへんのや……」
「う、うん……まあコンラッドさんはそういう人だし……。それにみんな、大小なりそういうところがあるんじゃないかな……」
職人肌のサバサバ女と、典型的な陰キャオタクのドマゾとくれば、話題や価値観が合う方がおかしい。
「今日はいい天気ですねー、暑いですねー、寒いですねー、日が暮れるのが早くなりましたねー、明日は雨ですかねー。とかっ、そんな当たり障りのない話をして、世の人間は何が楽しいのだねっっ!? 己はちっとも面白くなーいっっ!!」
「ええやん、別に」
突然発作を起こすコミュ障に、アグニアさんはあきれ果てていた。
「よくなーいっっ!! 己と顔を合わせるたびに、話題に困ったやからは、天気天気天気天気っ、愛想笑い愛想笑い愛想笑い! 話題がないならっ、そもそもーっ、己に話しかけないでくれたまえよーっっ!!」
「せやけどなー。そんなんやから、濡れ衣着せられてもーて、日陰者になってまったんちゃうー?」
「ウッ、ウッグァァァァァーーーッッ?!!」
あの、そろそろ実験に入ってくれてもいいかな……?
コンラッドさんは心臓を弓で討たれたかのように胸を抱えて、いちいちドラマチックに膝を地に突いた。
コンラッド・コーエンはとても尊敬できる技術者なのだけれど、その一方で清々しいほどに情けないコミュ障だった。