・甘き、罠…… - くれぇぷだぁ? -
そんな八草さんにターニャさんはずいと手のひらを突き出したそうだ。
「な、なんでぇ……?」
「私これからクレープ屋に行くの」
「くれぇぷだぁ? あんな甘ったるいもん食ってたらすぐ虫歯になるぞ」
「カナの分も買うんだけど?」
「へっ、先に言いな、そういうことは! ほらっ、これで好きなだけ買え! それから、これからもカナと仲良くしてやってくれよ!」
「普通にしてればイケオジなのに、そういうところが残念ね……」
「だったら金返せや、このクソアマッ!」
「はははっ、またね、おじさん!」
「親バカのおじさんで悪かったなーーっっ!!」
俺は八草さんの親バカなところが好きだ。
カナちゃんからすれば、少し干渉が過ぎて複雑なのかもしれないけれど、親が子供のことを大好きで何が悪いのだろう。
川沿いの大通りをターニャさんは南に進み、昔からバザーが立ち並ぶ広場にやってくると、広場から見て反対側の川辺に目当ての移動販売車を見つけた。
10人ほどの長い行列ができていたそうだ。
ターニャさんはその最後尾に並んだ。
カナちゃんにちゃんと買って帰れるか、心配になりながらだった。
「申し訳ない! 今の人で卵が切れてしまった! 今日はこれで閉店、材料が集まったらまたくるよーっ!」
その不安は的中してしまった。
行列に並んでいた女性や子供たちは、悲しそうに落ち込みながら広場のバザーに代わりを買いに行った。
「あ、君かわいいね?」
「え……? ええ、まあ……そういう自覚はありますけれど」
カナちゃんになんて説明しようかと、ターニャさんは川辺にまだ立ち尽くしていた。
ところが店のお兄さんがそんなターニャさんに声をかけた。
「こっちにおいで。実は1つだけキャンセルがあってね、お近付きの印に君にあげよう」
「あっ……本当ですかっ!? ああ、よかった……一緒に食べるって友達と約束していたんです……っ」
普通、怪しむ。
けれどその時のターニャさんは、カナちゃんのことで頭がいっぱいだったのだろう。
「お、その子もかわいい?」
「当然! 同姓から見ても、守ってあげたくなる自慢のお友達よ!」
「そうかい……じゃあ、そのお友達と、仲良く2人で食べてねぇ……」
「でもいいんですか? こんな立派なクレープが、タダだなんて……」
クレープの材料の中で高価なのは卵と砂糖。
スーパーで12個200円、1袋150円くらいで買える現代と違って、カナン王国ではそれなりの値段になる。
そんな背景もあって、効率的な養鶏を実現すれば大きなビジネスになるだろうけれど、鶏からしたらそれはディストピアの到来だ。
あまり気が進まない。
「いいのいいの。お金を払ってくれるのは次からでいいから……また、おいでね……?」
「必ずくるわ、次は友達と一緒に! ホントにありがとう!」
ターニャさんは店の人に感謝して、幸せいっぱいで屋敷へと帰っていった。
遅くなりました。
ストックかつかつです。