・天国に逝き損なった男
俺の名はホルヘ・カルバーリョ。
つい1年前までは国内3番手の麻薬カルテル、エスパーニョ・ファミリーの一員だった。
担当は製造。
原材料のアレを、ああしてこうしてそうして、みんながハッピーになれる魔法の薬を作っていた。
ほんのつい1年前までは。
あの日、俺は愛用のスカーフを薬品でダメにしてしまった。
俺はあのスカーフがないとどうも格好が付かない。
俺は選択を迫られた。
仕事の手を止めてすぐに2番目のお気に入りを首に巻きに帰るか。
それとも落ち着かないのを我慢して昼休みまでちゃんと働くか。
答えの出ない二択を。
あの時、俺は素直に家に帰っていればよかったんだ。
そうすれば俺は、政府とファミリーの銃撃戦に巻き込まれずに済んだ。
地下の製造所に踏み込んできたサツ相手に、錆び付いたコルトをぶっ放して、それが薬品に引火して、自分で自分を吹っ飛ばさずに済んだ。
「ホルヘ、待たせたか?」
「いや、そんなでもないぜ、ボス」
「ボスなんてよそよそしい言い方はよせよ、ホルヘ。俺たちはファミリーだろ」
「そうだな、ミック。それで、大事な甥っ子の方は?」
あの時、死んだかと思った。
だが何がどうなったのかわからないのだが、俺は生きてこの世界に流れ付いていた。
最初はわけがわからなかった。
どこかの金持ちが大がかりな仕掛けで、俺をからかっているのかと思った。
だが種明かしのドッキリの瞬間もいっこうに現れず、俺はこの冷蔵庫もエアコンもない世界で、食い扶持を探すことになった。
「ピーターとは一緒にはこなかった。まあ遅れたあいつが悪い、もう始めてしまうか」
「いや待とう。アイツ、俺がナンバー2に収まったのがよっぽど気に入らないみたいでな」
「あんなバカはお前の次で十分だ。お前のおかげで、我がレミントン・ファミリーは飛ぶガチョウを落とす勢いだ! 感謝してるぜ、ホルヘ・カルバーリョ!」
こっちの世界にやってきて2ヶ間、その日暮らしの酷い生活が続いた。
俺は麻薬カルテルの一員だが、別に腕っ節が強いわけでもなく、さして頭が回るわけでもない。
最終学歴はロースクール。
26歳という年齢から身体を鍛え直しても、たかが知れている。
ずいぶんと苦労した……。
「こっちこそありがとよ、ミック。お前と出会わなければ、こっちは普通にのたれ死んでた」
「こっちだってそうだ! お前のおかげで領地は栄え、金と女と若者が、この町にあふれるようになった!」
やけになった俺は、ずっと止めていたヤクに手を出した。
こっちの世界の、クソみたいに味気ないヤクにな。
絶望した……。
だが、そこで気付いたんだ。
俺ならもっと強いヤクを作れる。
ソイツを売ったら億万長者も夢じゃない。
ヤクを自分で作って、自分で売る。
俺はなんで最初からそうしなかったんだ。
「きたぜー、叔父貴」
「ピーター、何をしていた。お前はホルヘと俺よりも先にきて、俺たちを待っているべき立場だろう!」
「悪かったよ、叔父貴。だけど俺は血を分けたあんたの甥だぁ、そこの老けた枝毛野郎以下とは認めねぇし許せねぇ」
そこで俺はヤクを完成させると、このレミントン・ファミリーを訪ねた。
地方領主ミック・レミントンの裏の顔は小さな麻薬カルテルのボスだ。
俺たちがアメリカ様にヤクを売っていたように、こいつらも遠方の豊かな国々にヤクを売って稼いでいた。
「なんとか言えよ、枝毛!」
「ほらこれだ。だから俺は、ナンバー3でかまわないと、そう言っているんだ。この鼻毛野郎がうるさいからな」
「これは鼻毛じゃねー、髭だ! これ以上無礼なこと言ったらバラすぞ、テメェ!!」
俺のただ1つの取り柄、麻薬製造技術。
そして地方領主ミック・レミントンの権力、販路、コネ。
この国の国王は傑作だ!
上質なヤクを異国に売り続けたらどうなるか、全く理解してなかった!
「お前と争う気はないよ、ナンバー3。俺は金さえ稼げればなんだっていいんだ」
バカな俺でもわかる。
麻薬戦争は再び繰り返される。
流された国がブチ切れて、俺たちは戦争のど真ん中に引っ張り出される。
そうなったら潮時だ。
俺は金を持って逃げる。
もう2度と、あんなマヌケな死に方はごめんだ。
「叔父貴、やっぱこいつうさんくせぇよ! レミントン家のことを考えてるのは、俺の方なんだってよぉーっ!」
「いいではないか、金に素直。実に結構だ」
「だけど叔父貴ー! 金でしか動かないなんてよー、ネズミども変わんないぜ! 金がなくなったら、こいつは裏切って消えるぜ、ぜってーよっ!!」
肉汁滴るステーキが領主邸の食堂に運ばれてきた。
芋もまともに作れない貧しい地方の領主が、毎日新鮮な牛肉が食べられるのも、金のおかげだ。
でかい屋敷、20名を超える使用人、東西南北の女ども!
こうして優雅に暮らせるのは金があるからだ。
一日中働いても薄いスープとパンのような黒い塊しか食えない生活なんて、俺は嫌だ。
だからヤクを作って売っているんだ。
「ああそうだそうだ、叔父貴。俺、いいこと思い付いちゃったんだよなぁ……」
「ピーター……話しながら喋るな。裏の仕事を継ぐ気があるなら多少の気品を持て」
「ホルヘの方がひでーだろ! 膝曲げて、肘突いて、背中まで折り曲げて、おまけにクッチャクッチャうるせーんだよっ、この枝毛!」
ああ、美味い。
やっぱり美味い飯は好きな姿勢で食べるに限る。
お高く止まっても味なんて変わらない。
「ホルヘは元々の育ちが悪いのだ、多めに見ろ。それで、今度はどんな下らないことを思い付いたのだ?」
「あのよーっ、叔父貴! 菓子だよ、菓子! 女子供ってよーっ、菓子とか好きだろーっ!?」
ああ……そういうことか。
「それは止めとけ……」
「聞いてもいねーのに口答えすんなっ! あのよー、叔父貴! 菓子とかあめ玉によーっ!!」
「女子供を中毒にしてから、後から金をむしり取るって言いたいなら止めとけ。ブチ切れるぞ……」
「はぁっ誰がだよーっ!?」
「この世界の、アメリカ様だ」
「誰だよっ、そのアメリカサマってやろーはよぉっ!?」
このカルテル、そう長くはないかもしれないな。
もし引き際を間違えたら、またドンパチが始まってドカンだ。
まったく、なんで俺みたいなクズが生き残ってしまったのだろうか。
ま、美味い肉と酒と女を楽しめるなら、俺はなんだっていいがな。
次話から3話、ボリュームが少なくなります。
ゆっくり続けます。ゆっくり応援してください。




