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・馬の立場のない話

 睡魔との死闘を繰り広げたその翌日の昼前、俺はリアンヌに揺すり起こされた。

 しかし俺がこうして起きれないのは、そもそもこのリアンヌのせいだ。


「おーきーなーよーっ、もう10時くらいだよー?」

「え……っ!?」


 でも時刻を聞かされるともう、それどころじゃなかった。

 俺はベッドから飛び起きて、リアンヌを部屋から追い出して着替えをした。


「おはようございます、アリク様……。ちょうしょくを、おもちしました……」

「ごめん、助かるよ! 中へどうぞ!」


 着替えが済むと、気配を読んでいたかのようにノックが鳴り、カナちゃんが部屋に朝食を運んできてくれた。

 さすがに、すっかり冷めていたけど……。


 とにかく急がなきゃ。

 せめて1時までに政務を終わらせてここを発ちたかった。

 それともう1つ。食事をしながらカナちゃんに王都への遠足に誘った。


「すみません、今日は、ターニャ様のおてつだいがあるので……」

「え、でもそんなの他の人に――」


「いきません」


 普段はどんなわがままも聞いてくれるカナちゃんなのに、とりつく島もなかった。

 人力車にカナちゃんを乗せて走るのが、密かな俺の楽しみだったのに。


「どうしても……? こんなにお願いしてもダメかな……?」

「だめです」


 残念だった。

 リアンヌだって、絶対喜んでくれるはずなのに……。


 それから詰め込むように食事を平らげて政務室を訪れると、中でトーマが仕事を進めてくれていた。

 若い頃の父上とジェイナスも、こんな関係だったのだろうか。


 トーマは日に日に頼れる小姓として成長していた。

 そんながんばってくれるトーマには悪い気もしたのだけど、俺はわがままを言った。


「はっ、自分は馬で随伴いたします!」

「ううん、人力車に、乗ってほしいんだ」


「はっ、その件につきましては断固拒否いたします!」

「ねぇ、トーマ。僕、なんでも言うこと聞くから――」


「ダッ、ダメですっ!! 非常にっ、ひひひひっ、非常に魅力的な申し出ですが……っ、自分もっ、トーマ・タイスとしての立場がございます!! ……ひっ、ひひひっ♪」


 俺、何をされるところだったんだろう……。

 怖いからやっぱり考え直して、トーマには馬で護衛してもらうことにした。


 だって、それはそれで馬と競争できて楽しそうだから!


「なんでも……。本当になんでも、してくれるのですか、殿下……?」

「ううん、やっぱりいいよ」


「そ、そんなぁ……!!!」

「トーマを乗せてお城の正門を抜けたら楽しいと思ったんだけど、トーマの立場もあるしね」


「はっ、自分は馬で参ります! そんなことをされたら、2度城には戻れませんのでっ!!」


 主張がコロコロ変わるトーマに、俺は子供みたいに声を上げて笑った。

 童心。これが俺の胸の中にあるのは、きっとあと数年までのことだろう。


 そう思うと、子供に戻って笑うのも悪いものじゃなかった。



 ・



 昼過ぎ、僕たちはカナちゃんとターニャさんに見送られて出立した。

 その時には八草さんが昼食に戻っていて、カナちゃんに一緒に行くようにうながしてくれたんだけど……。


「おとうさん! おとうさんは、いつもいつもっ、うちのことしか、かんがえてない!」

「け、けどよぉ、カナァ……? ガキ同士なんだから、んな細けぇこと気にし――」


「だめ!!」

「へ、へい……とーちゃんが、間違ってやした……」


 八草さんはカナちゃんに怒られてしょんぼりとしてしまった。


 まあそんなこともあったけど、僕たちは今、グリンリバー北部の山道を進んでいる。


「ふぅ、ふぅ……っ」

「殿下、そろそろリアンヌ様と交代されては……?」


「ううん、もうちょっと……」

「交代交代っ! 乗り心地サイコーなのはもうわかったから、今度は私が引く!」


 どうして人は、上だの下だの男だの女だの立場だの、つまらないことばかり気にするのだろうか……。

 限界に達した俺は坂の折り返し地点までやってくると、人力車を止めた。


「はぁっ、はぁっ……譲るけど、約束して……。下り坂と、城門の前では、僕に譲るって……」

「うん、するする!」


 返事が軽くて信用ならないけど、息も苦しいしリアンヌに車を任せた。

 すると史上最強の公女様は、そのけた外れの身体能力で、男子のプライドに即ヒビを入れてくれた。


「すっごーいっ、すいすい進むよーっっ!」

「……坂なんだけど?」


「うんっ、坂なのにらくちん! まるで羽毛でも乗せてるかのよう!」

「それはよかった。コケコッコーとでも鳴いておくよ」


 平地と変わらぬ速度で人力車はすいすい進んだ。

 あまりにペースが速いので、馬にまたがるトーマが置いていかれるほどだ。


「待ってリアンヌ、その調子で進まれたら馬が疲れ果てちゃうよ」

「あ、ごめんホントだ! そうだっ、馬とトーマも人力車に乗ってもらおうよ!」


 冗談を言ってる顔ではなかった。

 本地でそれができると、彼女はお考えのようだ。


 馬も信じられないだろう。

 まさか人間ごときにスピードとパワーの両方で負けるだなんて。


 俺の思い込みでなければ、トーマの馬はリアンヌに目をむいてドン引きしてた。

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