・人力車を魔改造しよう - 動力・王子様の特別試乗会 -
走り出しの感想はというと、それはもう素晴らしい引き心地だった!
人力車が滑るように俺の背中を付いてきて、強く踏み込めば踏み込んだ分だけ加速していった。
「ええやん! 尻が跳ねない乗り物なんて初めてや! こらごっつええ感じやでーっ!」
「ア、アリク様ッ、私たちはアリク様に仕える立場……っ、こ、困りますっ、キャァァーッッ?!」
川沿いの大通りは橋建設の工事で狭くなっている。
それに人が集まっているのでスピードも出せないので、そちらには出ずに北へのわき道へと入った。
そこは整備状態の悪い土くれの道だ。
そんな道でどこまで走れるのか確かめたかった。
「おおっ、ええんちゃうかーっ!?」
「うん、ベアリングシステムを導入すれば、悪路にも強くなる。まあ推進力が増えるから当然だけどね! あははっ、楽しい!」
左手に太い道が見えてくると、速度を落として左折して、その先にグリンリバーのメインストリートを見つけると、それを右折してまた北上した。
やっぱり石畳の道はいい。
グングンと人力車が加速していった。
「アリク様……は、はやすぎる、気が、するのですが……っ」
前方の左車線に馬車を見つけた。
俺はさらにスピードを上げて、その馬車を追い越す。
「なっ、なんだぁ今のっっ?!!」
「あの変な荷車っ、速ぇぇーっっ!!」
謎の高速巡航をする人力車に、馬車の人たちが驚きの声を上げていた。
俺の方だって驚きだ。
マニファクチャー工業って、やっぱり凄い……!
俺、今日まで職人のことを舐めていた!
「あのっ、どこまで行くんですかっっ!? こ、怖いですしっ、私夕飯の支度があるのですけどっ!?」
「負荷テストゆーたやろ。そや、あの丘どこまで上れるか試してくれるかー?」
「うん、いい考えだね」
言われなくともそのつもりだった。
俺は北部の大橋方面に続く坂道へと、さらにスピードを上げて駆け込んだ。
坂はこの時代の馬車の能力に合わせて緩やかだったけれど、登山道というのはそれが長く長く果てしなく続く。
やがて平地で稼いだ前への慣性が失われ、坂を力任せに引く状態に至った。
「かえりましょう、アリク様……」
「ギルベルド様の弟君を、農耕牛のように扱ったと人様に知られたら私はこの町に居られません! ご容赦を、アリク様!」
さすがに3人も乗せていたらこうもなる。
人力車の車体重量+50kg×3もあれば、この時点で普通は坂なんて本来上れるものではない。
「うっ、くっ……う、ぎぎ……っっ」
「ハハハハッ、見た目はかわいいけど男の子やなぁ……! がんばれがんばれー」
「降りますっ、降りて後ろを押しますっ、だから下ろして下さい、アリク様ッ!」
それでもなんというか、もうちょっとだけ無理をしてみたくなるのが男心だ。
痩せ我慢をして坂を上り、せめてあの辺りまでと心に決めて車を進ませた。
馬や旅人が休めるようにそうなっているのか、坂の折り返し地点までくると土地が広く平らになっている。
そこまでやってくると、俺は人力車を安全な草地に停車させ、崩れ落ちた。
体中が熱い。激しく息が上がっていて、さすがの天才王子もこうなると頭がぼやけた。
カナちゃんとターニャさんが隣に駆けてきて、無茶をしたバカ王子を背中を撫でたり、ハンカチで汗を拭っていたわってくれた。
それから呼吸が落ち着くと、みんなで丘の中腹から発展してゆくグリンリバーを眺めた。
もちろん、そこでも俺はカナちゃんの目になるという約束を果たした。
謹慎明けのあの日見下ろしたグリンリバーと比較すると、数日のうちにまた住宅地が広がったように見える。
実際、俺自身も労働者の急増に迫られて、集合住宅を急ぎ増設するように指示を出していた。
兄上がこうなることを予期して住宅への投資をしてくれていなかったら、家のない労働者が町にあふれることになっていただろう。
「んーー、だいぶ暮れてきたなぁ……。ほな、うちはこれから、製材所の水車用のベアリングを作ってみるわ」
「アグニアさん、まだ働くの……?」
「全部趣味みたいなもんや。ギルとアリクが金づるやな!」
「そこはパトロンと呼んだ方がいいと思うけど」
パトロン。それこそが俺たち王族の役目なのだろう。
才ある人を発掘し、予算を与え、芸術や産業を発展させる。
「あとなあとなーっ! 製材所でなー、馬車を丸ごと作らせるってのはどやっ? 改造するより、最初からベアリングシステムがくっついた馬車売った方が楽やろーっ?」
それは馬車ギルドとの対立が怖い。
だけど普及の上では最も効率的だろう。
ベアリングの仕組みが漏れてどこかで生産されるまで、それで一儲けできるのは確かだ。
「正規軍に売り付けるつもりだったけど、それもいいね。ただし、馬車ギルドを敵に回すと、物資も労働者もグリンリバーに届かなくなる。彼らを計画に噛ませるのが前提条件かな」
「ほな、その仕事は、ギルに押し付けといてーや」
さすがはアグニアさん。兄上使いが荒い。
「うん。アグニアさんの名前を出せば、兄上は喜んで手を貸してくれると思う」
まあそうなるとだ。
この後はアグニアさんを、日が暮れるまでに製材所へと送り届けるべきだろう。
俺は立ち上がり、再び人力車に手をかけた。
「製材所まで送るよ。さあみんなも屋敷に帰ろう! 大丈夫、僕はリアンヌよりは安全運転だと思うよ」
「え……!? まさか、この坂を、く、下るのですか……っ? う、うぅぅ……っ、ついてくるんじゃなかった……っ」
一瞬巣に戻ったターニャさんと、なんでもない様子のカナちゃんがアグニアさんに続いて人力車に乗ると、俺は少しスリルと絶叫と共に丘を駆け下りていった。
坂による推進力が加われば、製材所なんてすぐそこだ。
ターニャさんの絶叫と、アグニアさんの笑い声が俺の気持ちを高ぶらせ、少しも動じないカナちゃんが落ち着かせてくれた。