・アグニアさんとベアリングシステムを試作しよう - クルクル回る不思議なオモチャ -
「つまり合格ってことやな?」
「うんっ、これなら想定よりもずっと精度の高いベアリングシステムが作れる! 後は軸受けと、グリスだけだよっ!」
それだけあればベアリングと呼ばれるチートパーツができる。
ガタゴトといびつに回転しては破損する、旧来の車軸に頼らずに済む。
「あー、軸受けなぁ。それ、あの設計図に乗っとったやつやろ?」
「そうっ、それをこの鋼球にあった大きさで作ってほし――」
「それ、もしかしてやけんど、これのことかー?」
アグニアさんは懐に手を入れると、テーブルの上にドンッとそれを置いた。
ああ、なんて懐かしいフォルムなんだ……。
そう、内側が空洞になったこの形状、これがベアリングだ!
フープ状になったこの輪の中に、鋼球を詰めてグリスを塗り込めば、抵抗の全くない回転構造が完成する!
「って、なんでもうあるのっ!?」
「連中に玉磨かせている間暇やったしな、作っといたでー」
アグニアさんはベアリングの構造を既に把握しているようだ。
輪の中に鋼球を詰め、グリスっぽいいい匂いする何かを塗り込んだ。
「ちょっと待って、そのグリスは何っ!?」
「なんや、知らんのか? こら牛脂や」
「ぎゅ、牛脂ぃ……っ!?」
「菜種じゃあかんのやろ? ならこれでええやん」
鉱物油。その存在はカナン王国の近辺で確認されていない。
そもそも石油が見つかったところで、精製が可能かどうかも疑わしかった。
なら、獣脂を使うしかないか……。
匂いが、なんか美味しくて嫌だけど……。
「ほな、カバーを取り付けて……これで、どやっ!」
グリスと鋼球を密封すればベアリングの完成だ。
アグニアさんは内側の空洞に指を通して、親指で円の外側を弾いた。
「わっ、回ったっ!?」
「ふしぎです……」
ターニャさんが素に戻ってしまうくらいに驚いた。
カナちゃんも驚いていたけど、それを使ってアリク王子が何をしようとしているのか、そこがわからないって感じのリアクションだった。
「ま、これだけじゃなんかちょっとおもろいオモチャやな。見る人によっちゃ、ガラクタや。クククッ……」
でも俺の計画書を読んだアグニアさんは違う。
落ち着いているようでかなり興奮しているのは、しきりにベアリングを回転させるその手からしても明らかだった。
内部の円はそのまま動かず、外側だけが回転する。
それを逆に言えば、外側だけが動かず、内側が回転するってことだ。
この中央の輪に車軸を通せば、馬車や風車の世界に革命が起きる。
旧来の馬車の仕組みでは、故障と常に隣り合わせで馬車には修理道具が欠かせなかった。
当然、道中の立ち往生も珍しくない。
「そんなに興味あんなら、自分で回してみぃ」
カナちゃんが興味津々だったので、アグニアさんは俺にではなくカナちゃんにベアリングを渡した。
「あっ……!? わっ、わっ……なんだかわからないけど、やっぱり、すごい……っ」
「わ、私も触っていいですかっ!?」
カナちゃんが車軸に指を通し、ターニャさんが外側を転がした。
どっちも子供に戻ったみたいに驚くから、元大学生のお兄さんとしては微笑ましくて仕方がなかった。
ベアリングの軸受け。これもそうそう簡単に作れる物ではないはずなんだけどな……。
マニファクチャ工業の力業で、なんでかこうして実現されてしまっている。
「さて、まずは何に組み込んでみようか? 製剤所の水車? それとも馬車かな?」
「そやなぁ……もうちょいシンプルなもんで、実験してからええやろ」
「馬車よりもうちょっとシンプルといっても……あ、僕の、人力車とか……?」
「ええな、それで決まりや! アリクの人力車に、ちょちょいとこれ仕込んでくるわー!」
大切な思い出の品だから壊されたら困るけど、アグニアさんならきっと大丈夫かな。
それに、自分が使っている物にチートパーツを仕込むのは、楽しさの面から見て正しい!
「じゃあ完成したら、みんなに乗ってもらって僕がそれを引くよ。効率の向上を検証するならそれが手っ取り早いもん」
「え、ええ……っ!?」
「わ、私は遠慮します! そんな、ギルベルド様の弟君に引かせるなんて、恐れ多い!」
なんでそこで急に兄上が出てくるのかな……。
別に、俺は気にしてなんかいないよ。
最初からターニャさんには興味なかったし、別に……別にどうでもいいし……。
「ほな、ちょいと待っとき! 楽しみやなぁっ、うちもお子様に戻ったかのような気分や!」
内側だけがクルクル回る不思議なオモチャは、外側だけがクルクル回る発明品。
それが取り付けられた日、俺の人力車は、神の人力車となるだろう。
……なんてね。
まあリアンヌが引いたら、とんでもないことになりそうだけど。
ベアリングボールが好きです。
壊れたパーツから取り出して意味もなく保管する程度に。