・アグニアさんとベアリングシステムを試作しよう - まにふぁくちゃ -
遅れてしまったけどお茶の予定だけは外せない。
俺はいつもの食堂へと移って、そこでカナちゃんとターニャさんと明るくお茶を楽しんだ。
しっかりとしてしまったターニャさんだけど、お茶だけは言葉を崩してくれることがあって、それが俺には嬉しかった。
ターニャさんとカナちゃんは仲がいいから、ただ2人のやり取りを見守っているだけで、こっちもなんだかホッコリとする。
「へぇ、こっちではお菓子さんが増えてるんだ」
「はい、先日もついついお給金をつぎ込んでしまい……あっ、いえっ、そんなにたくさんは買っておりませんよっ!」
「こんど、いっしょに行きたいです……」
「行きましょう。カナはドライゼリー、食べたことがありますか?」
「ありますけど、もしかして、うってるんですか……?」
「うんっ! あ、これは失礼を……」
「僕としては、昔のターニャさんみたいなノリがいいんだけどな……」
「い、いえっ、当時の殿下への失礼は、今となっては忘れがたき記憶です! こんなにこの町に尽くしてくれる方に、私は我欲のままにふしだらな態度を……っ!」
どうやら昔の関係に戻るのは無理みたいだ……。
この先、アリク王子が大人になればなるほど、こういうことが増えてゆくんだろうな……。
友達だと思っていた人たちが遠ざかってゆくような、この感覚はなんだか寂しい……。
いつかみんな、俺と距離を取るなるんじゃないかって、不安になる……。
ところがそうしてぼんやりと自己に没頭していると、テーブルの下からカナちゃんに左手を握られた。
カナちゃんは同い年なのに、なんだかお母さんみたいなところがあるな……。
「アリク様には、うちが――」
「なんやっ、いつまで茶しばいとるんやっ、できたでできたでぇーっ!」
ほっこりとしたお茶のひとときは、けたたましいアグニアさんの登場で粉砕された。
いきなり食堂にアグニアさんは小さな麻袋を持っていて、カナちゃんが握っていた俺の左手をふんだくると、その麻袋を握らせた。
カナちゃんがお母さんなら、アグニアさんはオカンだ……。
「できたって……まさかこれ、鋼球なの……?」
「自分が頼んだもんやろっ、はよ見てみぃっ!」
「う、うん……。でも、いくらなんでも早すぎない……?」
「アリクの頼みゆーたら、職人のみんな仕事ぶん投げて手伝ってくれたで!」
床に落ちないように慎重に、麻のテーブルクロスの上に袋を傾けた。
その袋の中身は、銀ピカに光る鈍色の鉄球だった。
1つつまんで窓に掲げてよく観察してみると、それはまん丸だった。
どこにもバリの痕跡はなく、どの角度から見ても綺麗な真球に見えた。
「これが、こうきゅう? なんだか、きれい……」
「わぁ……こんなの初めて見た……あっ、見ました! これ、鉄なのですよね……?」
アリク王子のリアクションがいまいちだからか、アグニアさんは驚くターニャさんとカナちゃんに笑みを送った。
俺の方はそれどころじゃない。
他の鋼球に持ち替えて、それをまた窓にかざして、不可解なこの事実に混乱した。
いったいどんな方法で、こんな精度の高い真円をこの人たちは作り出したのだろうか。
その鋼球は完璧過ぎた。
「ねぇ、これ……どうやって作ったの……?」
「コロコロ転がしたんや」
「具体的には……?」
「上と下から研磨剤使って転がして、玉と玉で擦り合って均等に磨いただけや。そんで形が悪いのははねて、良いのだけ選んだんや」
「え……? いや、これ、そんな簡単な仕事じゃないと思うけど……」
「ハハハッ、なんだかんだゆーて、まだまだ世間知らずのお子様やなぁ! 覚えとき、これが、職人技っちゅーやつやっ!!」
職人、技……!?
研磨剤と研磨道具、それに職人技っていう力技だけで、これだけの真球を作り出したってこと……?
「どやっ!」
「マ……」
「ま? 待った、か?」
「マニファクチャ工業……お、恐る、べし……」
俺はずっと、思い違いをしていたのかもしれない……。
機械化、工業化、電化、それだけが進化じゃないんだ……。
産業革命による機械化、共通規格化により、現代が手放すことになった別系統の工業。
それがマニファクチャ工業。その神髄を今、俺は見せつけられた……。