・アグニアさんとベアリングシステムを試作しよう - コウキューチンコ -
と、思ったんだけど、やっぱりアグニアさんはある種の天才だった。
彼女はいくつかの試作品を経て、たった二日で鉄球を生み出すプレス機を完成させてしまった。
正確には昨晩遅くに完成させたそうで、翌日の昼前に、俺たちは工業区画にあるアグニアさんの工房へと呼び出された。
ちなみにそこは兄上がアグニアさんのために、ポケットマネーで建てた愛の巣でもあるそうだ。
兄上がどう思っているかはさておき、アグニアさんはそう言っていた。
「ねぇねぇアリク、こうきゅーって何?」
「鋼の玉だよ」
「ふーん……なんでアリクはそれがいるの?」
「歯車や車輪の回転を今より効率的にしたいんだ」
「え、なんで?」
「僕の計画にそれが必要不可欠だから」
同行してくれたリアンヌだけど、全然わかってなかった……。
同じ元現代人なのに、俺がベアリングシステムの構造を説明をしても、首を傾げるだけだった。
「うち、公女様のそのおおざっぱなとこ、好きやでー!」
「へへへーっ、褒められたー!」
「ついでにそのバカ力、貸してくれへん?」
「いいよーっ!」
……今、さらっとバカ・力って言った?
リアンヌは言われても全然気にしてないみたいで、アグニアさんの言うとおりに万力を回していった。
そう、このプレス機の動力は万力だ。
リアンヌが万力を1つずつ締めてゆくと、ミチミチとプレス機がきしんだ。
このプレス機には半球状のスリットが付いている。
さっき見せてもらったけど、それはもう綺麗な半球だった。
その半球の中には、太くて短い鋼の棒が入れられていた。
それが今、プレス機とバカ力により圧縮され、内部の鋼は上下の半球の中にみっちりと閉じこめられている。
「ま、こんなもんやろ。次は万力緩めてーな、公女さん」
「おっけー!」
リアンヌの手で軽々と万力が戻された。
それからリアンヌは、指示もされていないのに分厚いアオハガネ製のプレス機を開けた。
「おおぉぉーっっ、パチンコ玉になってるぅぅーっっ!」
「ちんこ? 玉? なんや、公女さん意外と下品やなぁ!」
パチンコ玉を知らない人からすれば当然そうなる。
プレス機の下部には、土星のようなバリのくっついたパチンコ玉ができあがっていた。
「違う違う、パチンコだよ、パチンコ! これのことをパチンコ玉って言うのっ!」
「リアンヌ、気持ちはわかるけどそれ以上その単語を言うのは、止めた方がいいよ……」
「なんでー? そうだっ、パチンコ屋さんやろうよっ、パチンコ!」
「だったらこっちこそ聞くけど、なんで元JKがパチンコを知ってるのさ……」
「うん、トイレよく借りた。パチンコ屋さんは、トイレを借りるとこなんだって」
「それは違うと思うけど……」
そんなやり取りをする俺たちを、アグニアさんがこれまで見たことのないような白い目で見ていた。
チンコとか、玉とか、トイレとか、まともな会話じゃない。
「リアンヌ、君のせいで僕まで誤解されてるじゃないか……」
「え、何がー?」
「わかってないなら黙ってっ、パチンコって単語は、もう禁止っ!」
「はーー。若いもんの流行りはうちにはわからんわぁ……」
アグニアさんはそうつぶやきながら、バリの付いた鋼球。決してパチンコ玉ではない物をプレス機から取り出した。
縦軸に10、横軸20のスリットにより、200個の玉がこうして完成した。
「ほな、次はこれを磨くんやけどなぁ。もう帰ってええで」
「えっ、なんでーっ!?」
「こっからは手作業や。これをコロコロコロコローっと転がしてな、まん丸にするんや。時間かかるから帰っとき」
後はこのバリ付きの玉を真球に近付ければ、ベアリングシステムの球部分となる。
しかし残念だけど、ここから先は現代技術の模倣とはいかない。
精密工作機械なんてないこの世界では、職人たちの手作業の技に頼るしか選択肢がなかった。
彼らの技でどこまで真球に近付けられるかで、ベアリングシステム実現の正否や効率が決まる。
「朗報を待っているよ。リアンヌ、いこ」
「う、うん……。アグニアさんっ、がんばってピカピカのパチンコ玉にしてねっ!」
「だからっ、パチンコ玉は禁止って言ったじゃないか、リアンヌッ!」
「チンコ玉なぁ……? やっぱ若いもんの言葉はわからんわぁ……」
恥ずかしくてしょうがなくて、俺は自分より大きなお姉ちゃんリアンヌ・アイギュストスを工房の外まで引っ張り出した!
「ねぇねぇアリク、もしかしてだけど……」
「何……? 僕、なんかすっごく疲れたんだけど……」
「もしかして……アリクの言うベアリング、って機械があれば……。自転車とかも、作れるの……?」
「ああ……変なところで鋭いね、君。そうだね、ベアリングとチェーンとギアさえあれば、作れるとは思うけど」
自転車か。この新しい身体で乗れるのかな……。
それに自転車を走らせるには平坦な道が足りない。
「そうなのっ!? じゃあ作ってみようよっ!!」
「……ごめん、もう1つ足りない物があった」
「それも作ればいいじゃん!」
「いや、それはちょっと難しいと思う。だってこの世界、ゴムがないじゃないか」
「…………あっ、ゴムタイヤのこと!?」
「なんか間があった気がするけど、そうだよ。ゴムタイヤがないと、お尻と腰と肩が大変なことになると思うよ」
「うーん……ゴム? ゴムっぽい物なら、アイギュストス港で前に見たこと、あったかも……?」
「え、それはさすがに勘違いでしょ……?」
「ううんっ、たぶん絶対見たっ!」
「ちょ、ちょっと待ってリアンヌッッ!? 今から行く気!?」
それはたぶんなのか絶対なのか、どっちなんだ……。
リアンヌは駆け足になって屋敷に向かって走り出し、俺は驚いてその背中を追うことになった。
「ちょっと行ってくる、アリクは橋をお願い!」
「1人でなんか行かせられないよっ!」
「そう? あ、じゃあトーマ借りていい? 1人じゃ帰り道暇だし!」
「わかった、貸す! 貸すから1人では出かけないで!」
「なんでー?」
「1人で帰らせたら大公様がひっくり返るよっ!」
トーマは厩舎で馬の世話をしていた。
事情を伝えると少し渋ったけれど、他にリアンヌを制御できる人がいないと言うと折れてくれた。
代わりにカナちゃんが俺の護衛として付いてくれることになった。
剣豪八草の娘カナは剣が使えて当たり前。
なんかちょっとメチャクチャな理屈だけど、実際カナちゃんは腰の剣を握らせたら父親顔負けの小さな剣豪だった。