・アーチ橋を架けてここを交通の要所にしよう - 怪奇・足音が足りない女 -
ターニャさんはカナちゃんに特に親切だった。
控えめなカナちゃんも素朴なターニャさんと気が合うようで、2人は一緒に流行歌を歌ったり、人形劇の話をしたりして、よく楽しそうに笑い合っているのを俺は何度も目撃した。
そんなカナちゃんとターニャさんが仕事中の政務室を訪れた。
「アリク様、昼食の準備ができました。キリが付きましたら食堂へお越し下さい」
「う、うちも……ターニャ様の、おてつだい、少し、させていただきました……」
カナちゃんはいつだってかいがいしい。
頬を赤らめてそんなふうに言われたら、なんだかとても嬉しい気分になってくる。
「ありがとう、ごちそうになるよ。あ、だけどトーマ――」
「リアンヌ様と八草様ですね。すぐに呼んでまいります」
「う、うん、そうなんだけど……。トーマは僕の考えていることなんて、なんでもお見通しなんだね」
「日常的なことに限れば、ですが」
トーマは急ぎ足で政務室を出ると、慌ただしく階段を駆け下りてエントランスホールを出ていった。
それから厩舎に飛び込んで自分の馬で出て行ったことくらい、いななきと蹄鉄の音だけでもわかった。
「ごめんね、リアンヌたちが戻るまで、2人とも少しこっちを手伝ってくれる?」
「う、うちにできることなら……」
「大丈夫。さ、こっちだよ」
「は、はい……」
カナちゃんの手を引いて、決済済みの書類の前に誘導した。
書類を1枚ずつ油紙で巻いてから、封筒に入れて、蜜蝋をたらしてアリク王子の印を押す作業をお願いした。
「ターニャさんは完成した手紙を地域ごとに仕分けしてくれる?」
「かしこまりました、アリク様」
「助かるよ」
俺の仕事は書類の制作と筆記だ。
誰かに任せるより自分でやった方が早いし、間違いがない。
昔の偉い人は『役所は書類でできた城』だって言ってたけど、俺もその通りだと思う。
何をするにも書類書類書類。人とお金と物資がまつわるところには、書類仕事という厄介な呪いがかかっている。
文官任せにできる仕事もあるんだけど、残念ながら現在は空前の文官不足。
それに人に任せるよりも自分でやってしまった方が、人件費もかからないし、汚職や情報漏洩の心配もなかった。
書類仕事が終われば俺も暇になる。
そしたらリアンヌと八草さんと一緒に、俺も一緒にガテン系になってみるのも悪くない。
その時を楽しみに書類仕事をがんばってゆくと、思ったよりも早くエントランスホールが騒がしくなった。
間違いない、リアンヌだ。
その足音は木造の階段を踏み抜きそうなほどの大きな物音で、常人並外れた4段飛ばしの尋常ならざる脚力でこの2階に駆け上がってきた。
「おかえり、リアンヌ」
「ただい――えーっ、なんで私だってわかったのーっ!?」
リアンヌがこの政務室に飛び込んだ瞬間に、俺はペンを滑らせながら彼女を声だけで歓迎した。
「誰だってわかるよ。君は階段の足音が大きい上に、奇妙なほどに少なすぎるんだ」
「凄いっ、名探偵みたい!」
「だったら君は、力業でトリックを実現させる名探偵泣かせの真犯人かもね」
下の階からトーマと八草さんの声がすると、俺たちは食堂へと下りた。
そこで八草さんは娘手作りの昼食をニコニコの笑顔で平らげた。
俺も政務で疲れた頭と肩を癒しながら、みんな一緒の幸せな食卓を楽しんだ。