・リアンヌ公女式、麻薬をやっつける独創的な方法
この日の話はもう少しだけ続く。
屋敷に戻った俺は布で汗を拭うと、お腹を小さく鳴らしながら食卓に向かった。
するとリアンヌたちみんながそこで待っていてくれて、ターニャさんが作ってくれた夕飯を一緒に食べた。
チキンのバターソテーに、レモン果汁を使ったサラダ。それらを香ばしいバケットにはさむと、凄く美味しかった!
もちろん、食後はご機嫌取りのお土産を場のみんなに見せた。
全部八草さんの手柄なのに、全部俺の手柄にさせられた。
甘いオレンジ果汁の飴。
小麦粉を使った甘しょっぱい揚げ菓子。
紅茶を使ったパウンドケーキと、練乳を使ったソフトキャンディを献上すると、リアンヌもカナちゃんも、あのトーマも目に見えて機嫌をよくした。
ターニャさんも気になっているみたいだから、ソフトキャンディをあげたら喜んで口に入れてくれた。
大人っぽくなったけど、精神はまだ俺と同じ子供だった。
「でかしたっ、許すっ! てかアリク偉いっ! これで今夜のゲームパーティが盛り上がるじゃんっ!」
「リアンヌ様と、まってました……。うち、アリク様といっしょに、今夜も、あそびたいです……」
リアンヌは揚げ菓子、カナちゃんはオレンジの飴がお気に召したようだった。
パウンドケーキはさすがにがっつりだから、明日のおやつにしようってなった。
「あ、カナちゃん、待って」
「はい、なんでしょう、アリク様……?」
それともう一つ。
八草さんがカナちゃんに贈るはずだった物を、トイレに行くカナちゃんを廊下で呼び止めて、プレゼントした。
落とさないように両手で、カナちゃんの右手へとレモンの匂いのする小瓶を握らせた。
最初はいぶかしんでいたけれど、その封を開けてあげると、彼女の喉から小さな声が上がった。
「今日はごめんね。これ、香水の小瓶なんだ、カナちゃんにあげる」
「え……っっ!?」
よっぽど驚いたのか、カナちゃんは小瓶を落としかけた。
俺はギュッと小瓶ごとカナちゃんの手を握って支えて、彼女には見えないんだけど笑いかける。
「えっ、えっ……なぜ……うちに……?」
「今日のおわびだよ」
「で、ですけど……っ、リアンヌ様には……もう、同じ物を……わたした、のですか……?」
「ううん、これはカナちゃんにだけだよ」
「え……ええっっ!? あ、あの……こまります……。リアンヌ様に、もうしわけないです……っ」
八草さんは喜ぶと言ったのに、カナちゃんはとても戸惑っている。
やっぱり強い匂いが苦手だから、香水は迷惑だったんだろうか……。
「だめです、アリク様……。うち、すごくうれしい……。でも、こんなの、だめです……」
「確かに、リアンヌにもあげないのは不公平だね……。でもそれはおいおいどうにかするから、受け取ってよっ、カナちゃん!」
「ア、アリク様は……っ、ぜんぜんっ、わかってません……っっ!!」
俺は小瓶の封をして、カナちゃんにしっかりとそれを握らせると、みんなのいる食堂に戻った。
・
食事を終えて解散すると、しばらく部屋で旅の疲れをいたわった。
特にお尻。こんなにお尻を痛めるくらいなら、次からは八草さんを人力車に乗せて王宮に出頭したくなった。
それから1時間くらい横になって休憩すると、俺の部屋にリアンヌたちがやってきた。
リアンヌ、カナ、トーマ、ターニャさんがあのレモンの香水の匂いを香らせていた。
「気が利くじゃん、アリク! おかげでついつい、アリクのこと忘れてカナの部屋で盛り上がっちゃったじゃんっ!」
「アリク様……ごめいれいどおり、おわたし、しておきました……」
俺がカナちゃんにプレゼントした香水は、カナちゃんの判断によりみんなへのプレゼントに変えられていた。
それを見て俺は思った。
黙って独り占めしちゃえばいいのに、なんてやさしい子なんだろう……って。
「そうくるとは思わなかったよ」
「ごめんなさい……。でも、うち……アリク様にいただいたビン、だけでも、もらえてしあわせです……。ずっとずっと、たいせつにします……」
そんなカナちゃんにターニャさんが寄り添い、トーマが励ますように肩を叩いた。
一方でリアンヌは無邪気に人のベッドに座り込んで、そこにあのボードゲームを広げてゆく。
俺の視線に気付くと、リアンヌは一緒に遊びたそうに無邪気な笑顔を俺に送ってきた。
だから俺だって何も言わずに、リアンヌと手作りボードゲームを囲んだ。
「不利を悟ってゲームをリセットしたのかな?」
「ううん、ルールをちょっと変えたからいっそやり直そうと思って。アリクのあの騙し討ち、すごく面白いと思ってっ!」
「ああ……。だって相手の裏をかくのは、対人ゲームの醍醐味そのものと言ってもいいよ」
「そうっ、何を生産しているのか見えない方が面白いと思って、最初から見えなくしたの!」
そう言うので、俺はリアンヌと一緒にゲームの改良に付き合った。
俺の後ろにはトーマ、リアンヌの後ろにはカナちゃんとターニャさんがギャラリーとして張り付いて、なんだかんだのめり込んでいってくれた。
結果はというと――
「はいっ、50ターン経過で私の領地の方がおっきい! ということはっ、あたしの勝ちぃーっ!」
「ずるいよ、リアンヌッ! そんなルール、最初は一言も言ってなかったじゃないかーっ!」
「だって聞かれてなかったし」
「なんて不誠実なゲームマスターなんだ……」
突然発生したルールにより、今回のプレイはリアンヌの勝利で決着が付いた。
「殿下、自分もやってみたいのですが」
「私も! 私もやってみたいです!」
トーマとターニャさんがプレイしてみたいと言うので、俺とリアンヌはトーマの後ろに下がって、2人の対戦を観戦した。
どちらも初心者同士。かなりぎこちない戦いだったけど、どっちも夢中になってゲームにのめり込んでいった。
パクリっぽい部分はあるけど、これだけのめり込んでもらえたら、ゲームのクリエイターとしてリアンヌも本望だろう。
「あーーーっっ!!」
そう思ったんだけど、そのリアンヌが突然大声を上げるから驚いた。
「な、何……っ? 夜中にそんな大声上げたら、近衛兵さんたちが飛び込んできちゃうよ、リアンヌ……」
「私っ、思い付いたっ、すごくいいこと思い付いたのっ!」
「何を、ですか……?」
カナちゃんがそう控えめに聞くと、リアンヌはキメ顔で、俺のベッドの上で立ち上がった。
現在進行形でボードゲームに集中している2人からしたら、だいぶ迷惑なんだけどな……。
「麻薬! 麻薬をやっつける方法!」
「え。なんでその話をリアンヌが知っているの……?」
「蔓延してるって、お父様が悩んでたの! それでねっ、私思い付いたのっ! 麻薬をこのボードゲームやっつければいいんだよっ!!」
言いたいことはなんとなくわかるんだけど、やっぱりわからないところがいつものリアンヌの主張だった。
「どういう、ことでしょうか……?」
「うんっ、あのねっあのねっ、カナ! 私たちの手で、楽しいことをもっと広めるのっ!」
「え、えっと……」
そう言われてもカナちゃんだって困るよね。
言葉の意味が繋がっていないんだから。
「だーからーっ、楽しいことをいっぱい増やしたらっ、麻薬なんて誰も使わなくなるってことっ!!」
「そうかな。……そうとは限らないと思うけど?」
リアンヌがやろうとしていることはわかった。麻薬が娯楽の一部なら、競合する娯楽が麻薬の競合相手。それはわかる。
でも言い方が大げさだ。
俺にはそんな絶大な効果があるとは思えなかった。
「限るよ! 絶対効果あるからっ、楽しいゲームをいっぱい作ってっ、王都中に広めちゃおうよっ!」
「君は考えることが斬新だね……。まあ、一定の効果はありそうかな……」
性行為も娯楽と見ると、新しい娯楽の登場で出生率が少し落ちそうな気もするけど……。
「うちは、さんせいです……。たのしいことで、悪いこと、やっつける……。すごく、すてきです……」
「カナーッ、カナならわかってくれると思ってたよーっ!!」
リアンヌの案に対抗できるだけの代案があるかと言ったら、そんなのない。
それに俺がなんと言ったって、こうなったらリアンヌ・アイギュストスという少女は止まらなかった。
「カナも賛成だって! ならアリクも賛成だよねーっ! カナにだけ香水を買ってきたアリクならっ!」
「ぁ……っっ?! ご、ごめん……なさい……」
リアンヌのやつ、鈍感なようでそのこと気付いてたんだ……。
カナちゃんもなんでそこで謝るんだし。
「不公平だとは思ったけど、成り行きでそうなったんだ。何か文句ある?」
カナちゃんが大げさに気にするから、リアンヌにごめんねとは言えなくて俺は開き直った。
するとリアンヌはおかしそうに笑い出した!
「ないっ!! だってカナ、すっごく喜んでたもんっ!! でかしたっ、アリク!! でも今度はうちの分もお願いっ!!」
「リアンヌ様……。ありがとう、ございます……うち、リアンヌ様のお友だちで、よかった……」
リアンヌは男らしくカナちゃんを抱き締めて、美味しいところを全部持っていった。
リアンヌ・アイギュストスは、王子である俺なんかよりもずっと、頼れる主人公タイプだった。
「それと……おとうさん、あとでしかっておきます……」
「え、いや……それは八草さんが、可哀想な気がするんだけどな、僕……?」
「しかります……っ。おとうさんは、いつも、うちのことしか考えない……!」
「でもそれは、親なら我が子をひいきして当然――」
「しかります……っ!!」
これが成長? 反抗期の片鱗……?
俺にはカナちゃんに叱られて半泣きになる八草さんの姿が見えた。
・
「やれやれ、なんだかんだ言って、どいつもこいつもまだまだお子様なんだな……」
夜遅く、八草さんの声を聞いたような気がする。
「よかったな、カナ。お前に友達がこんなにできて、トーチャン嬉しいぜ」
その声の主はやさしい声でささやきながら、温かい毛布をかけてくれた。
たぶん、夜ふかしをして寝落ちしてしまったこの場の全員に、一枚ずつ。
「おやすみ、カナ……アリク殿下」
だけどそんな八草さんも、まさかカナちゃんからのお説教が待っているとは予想もしていなかっただろう。
翌朝見た八草さんの顔は、目元がちょっと腫れているように見えた。
申し訳ありません、先日の更新ですが、別作品に投稿していました。
今日の分は、今夜00時に投稿いたします。ごめんなさい!