・グリンリバーへの帰路 - 人望の形は人それぞれ -
古くより王都とアイギュストスを繋ぐあの白い大橋は、便利だけれど欠陥を抱えている。
あの橋は橋の下を船が通行するにはちょっと低くて、そのせいで船が集まると渋滞することがある。
それがこの時代の建設技術、あるいは社会ソースの限界だ。
そんな水運を阻害する橋をいくつも架けるわけにもいかないので、一帯の交通はこの橋に集中することになっている。
そんな大橋を越えた。
その先の至アイギュストス街道をしばらく進んでから、グリンリバー行きの右手に曲がった。
左右へと織りなす山道を馬を下りて越えて、丘の頂上からグリンリバーを見下ろした頃には、もう時刻は宵時になっていた。
「少し早めに戻ってこれやしたね。これで俺らの面目も、どうにか立つってもんでさ」
「よかったよ、本当に……」
馬を少し休ませてから、八草さんと一緒にまた騎乗して坂をゆっくりと下った。
「しかし、なんかいつもより賑やかみてぇですぜ」
「そうなの?」
「へい、あの製材所を見て下せぇ、明かりが灯ってるでしょう。普段は日が暮れたらみんな賃金を貰って、酒場やカーチャンのところに帰ってくはずなんですがねぇ……」
八草さんはすっかりグリンリバーに馴染んでいた。
兄上に八草さんを貸し出しておいて、これは正解だったみたいだ。
「詳しいね」
「ここにゃ酒場が3軒しかありゃせんので、知らんうちに労働者の知り合いが増えちまいやして」
「ふぅん……。八草さんのことだから、きっとみんなに慕われてるんだろうね」
「よして下せぇよ。癖のつええ飲んだくれのダチが増えただけでさ」
八草さんとそんなお喋りをしながら丘を下ると、川辺の通りが予想通りのことになっていた。
製材所が休んでいないのは、橋建設のために材木の生産を急いでいるから。
見ると橋の建設予定地に石材が積まれ、見かけない労働者たちが町角にたむろしていた。
父上にお願いしていた建築資材がようやくこの地に届いたってことだ。
さらに王都の建築ギルドと近隣に送った求人により、たくさんの労働者がこのグリンリバーに集まってくれていた。
「すげぇ頭数に資材ですな……。こりゃ、もう後戻りは出来やせんね……」
「ううーん……工事開始前からこんなに集まるとは思わなかったな……。これはすぐにでも、求人のおふれを取り下げさせないと」
「はははっ、人望があり過ぎんのも困ったもんですねぇ、殿下」
「どうかな、それは……」
アリク王子のすることにいっちょ噛みすれば儲かる。
って考えの人も、かなり含まれていると思ってしまうのは、俺がひねくれているからなのかな……。
「そういや殿下、1つお願いがあるんですがね……。実は、渡し船の一家と最近知り合いましてね……」
「ああ……僕の橋ができたら、渡し船屋さんは商売上がったりだろうね」
「殿下のやることに意見するわけじゃありゃせん。ただ――」
「その人たちを救済してほしい。そう八草さんは言うの?」
人を試すなんて悪趣味だけど、どれだけ八草さんが本気か知りたくてつれない態度を取ってみた。
けれど八草さんは臆さなかった。
「へい、どうにかなりやせんかね。酒場の真ん中で、一家総出でひれ伏されちまいましてね……」
「本当? やっぱり慕われているんだろうね、八草さんって」
領主の屋敷はもう目前だった。
俺はたくましい八草さんの腰に掴まって、八草さんの頼みごととは別のことを考えた。
「頼んますよ、殿下……。そこまでされたらしょうがねぇって、俺ぁ約束しちまったんでさ。殿下に頼んでどうにかするって、調子のいいことをよ……」
考えたのは八草さんについてのことだ。
八草さんはグリンリバーのみんなにやっぱりとても慕われていた。
「川に詳しいその人たちなら、橋の管理者に適任だね。建設に協力してくれたら、管理者として雇うって伝えてくれる?」
「よかったっ、その条件で交渉しておきやすっ! 殿下っ、殿下はやっぱりおやさしいなぁっ!」
……それは八草さんの方だよ。
そう口にしても八草さんは喜ばないから口をつぐんで、俺はみんなが待つお屋敷に帰った。
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