・グリンリバーへの帰路 - 僕たちのせい -
グリンリバーへの帰り道。あれからずっと気持ちが高ぶってしまっていた俺は、八草さんに母上の懐妊のことをついつい話してしまっていた。
辺りはもう夕暮れで、東に進む俺たちを赤い西日が暖かく照らしている。
長い影法師が玄武岩を使ったグレーの石畳に伸び、彼方に広がる群青色の空に、早くも夜の気配を感じ始めていた頃のことだった。
「リドリー様が!? そりゃめでてぇっ! 次に城に戻る時は、何か滋養になりそうな物を仕入れていきやしょう!」
「うん、そうするよ! あ、でもこの話、つい喋っちゃったけど、秘密にしてくれる……?」
「へい誰にも言いやせん。ははは、カナが生まれた日を思い出しやすぜ! カナは生まれたその瞬間から、赤子の中でもブッチギリの美人だったんですぜっ!」
「そ、そうだったの……?」
「とうぜんでしょうや! 今のカナの姿を見りゃ、殿下もわかるでしょうっ!?」
「う、うん……?」
八草さんはちょっと興奮気味に昔話をしてくれた。
カナちゃんのお母さんと国を落ち延びて、静かな村に身を隠して平凡に暮らしていると、ある日2人の間にカナちゃんが生まれた。
盲目の娘を産んでしまったことをお母さんは悔やんでいたそうだけど、カナちゃんは障害に負けず強く成長した。
視覚の欠損を補うために、人体が残り4つの感覚器官を鋭敏にしたんだろうなと俺の本は考えたんだけど、八草さんたちはそうは考えていなかった。
カナちゃんは精霊の祝福を受けた特別な子供なんだって、彼は本気でそう言っていた。
それと――
「なんか、ますます申し訳なくなってきやした……」
「え、何が? 誰に?」
「考えてもみて下せぇ、殿下。新しい子供を作るには、相応の、動機ってやつが必要でしょう……?」
「あ、言われてみればそうだね。うーん、きっかけかぁ……あっ!?」
もしかして……。
いやもしかしなくともこれって、原因は、俺……?
「殿下をさらった不届き者がいたでしょう……。そいつの暴挙がきっかけになったんでしょうな……」
「僕たちのせいってことか……」
もう二度と息子アリクを取り返せないと、父上と母上はそう覚悟しただろう。
王侯族の生まれではない母上との間に、もう一人子供を作ろうという気になったのは、確かに俺たちのせいなのかもしれない……。
「そうそう、殿下、これを」
「あ、これってカナちゃんへのプレゼントだね。小さくてかわくていいねっ」
八草さんは積み荷に手を入れて、レモン色の液体が入った綺麗な小瓶を、後ろの俺の手に握らせた。
「カナは強い匂いを好みやせん。自分の香水の匂いで、周囲の匂いが視えなくなっちまったら困るでしょう」
「さすがはカナちゃんのトーチャンだね。……でも、僕から渡して本当にいいの?」
「殿下から渡してくだせぇ。トーチャンより、男の子から貰った方が嬉しいに決まってるじゃねぇですか」
「そんなことないと思うけど……」
「殿下から渡してくれりゃ、カナが幸せになる。俺っちには、それが一番重要なんでさ」
帰り道の八草さんは行きよりもずっと明るかった。
相変わらず、カナちゃんの話ばかりの親バカっぷりだったけど、無関心よりずっと好ましく俺の目に映った。
文字数の多いところと少ないところがまた続きます。