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・アリクもうじき7歳 王子に生まれた僕の義務

 その日、俺は城の外壁から昼過ぎの城下町を見物して過ごしていた。


 若い女官と近衛兵のお兄さんに後ろから見守られながら、桐の台を足場にして、【鷹の目】の力で人々の生活を盗み見ていた。


 これが最近お気に入りの余暇の過ごし方だった。


 【鷹の目】の力を使えば、200m先の宿屋の屋根で子猫が親に甘える光景や、慌ただしく開店の準備を急ぐ色町の姿が見える。


 ひっきりなしに人が行き交う大通りでちょっとした捕り物を見つけたり、上手く商品を掠め取ったこそ泥を見抜いたり、迷子の子供なんかを見つけたりする。


 安全な城壁から見下ろす異世界は、ギルド職員アリクの頃に見た世界とはまるで別世界のように光り輝いていた。


 ここからだと少し遠いけれど、冒険者ギルド・サザンクロスの軒先も見える。


 周囲の武器屋の1つが商売を止めて花屋になり、酒屋が肉屋になっていた。


 あのギルドを頼りにする冒険者はまだまだ多いものの、見た限りはだいぶ羽振りが悪くなっているように見える。


 もし俺が善人のアリクのままだったら、衰退してゆく町並みに心を痛めたかもしれない。


 だけど今の俺は、正直ざまぁないなと思った。

 あいつらがアリクにした仕打ちは、到底許されていいことじゃなかった。


「アリク様、ロドリック陛下がお呼びです」


 それからもうしばらくのぞきを楽しんでいると、城壁にジェイナスがやって来た。


 事実上の宰相であるジェイナスが現れると、王子そっちのけで意識し合っていた近衛兵と女官が驚き、比喩どころか本当に飛び上がった。


「……え、父上が?」

「お楽しみ中申し訳ございません。至急、政務室へとご同伴下さい」


 いや、続けて俺もジェイナスの言葉に驚かされた。


 政務室は言わば父の聖域だった。

 今まで一度も、そこに入室を許されたことなんてなかった。


 母上だってそうだ。

 父上は政治家の顔を俺たちに見せたがらないところがあった。


「ぼくが、せいむしつに……?」

「はい、特別な話があるそうです。……見守りご苦労。お前たちは持ち場に戻りなさい」


 せっかく微笑ましい男女に接点を作ってあげたのにな……。


 俺はジェイナスに導かれて城壁を下りて、謁見の間のその先にある政務室に向かった。


 謁見の間から先は母上どころか、有力諸侯すら進入を許されないもう1つの聖域だ。


 いざ訪れてみると、その場にある異様な緊張感につい逃げ出したくなった。


 小姓たちが恭しく(こうべ)を垂れ、近衛兵が機敏に背筋を整えて敬礼をするその光景は、元大学生の俺にはなんというか、ガチ過ぎでキツかった。


「急に呼び出してすまんな」

「う、うん……」


 ロドリック父上の朗らかな顔を見ると、もうじき7歳の子供でしかない俺は内心ホッとした。


 父の政務室にはイスや机がたくさんあって、謁見の間とは正反対に飾り気がなかった。


「ジェイナス、政務室に誰も近付けるな」

「かしこまりました」


「アリク、こちらにおいで。お前に大切な話がある」

「はい、父上」


 やさしい父親の顔が厳しい王者の顔に変わった。

 父はソファーの方に息子を座らせて、その向かいに腰掛けた。


「アリク王子よ、これから話すことは父親としての言葉ではなく、王としての言葉と受け止めよ」

「はい、なんでしょうか、父上」


「うむ。私とギルベルトが進めていることを、お前にも知ってもらおうと思ってな」


 そう言われて俺は考えた。

 父上たちの野望に俺は心当たりがあった。


 父上たちは力を求めている。

 ルキの天秤の創設や、リアンヌとの縁談もその計画の一部だと思う。


 俺の父と兄は野心家の政治家だった。


「……アリクよ、鷹の目の力を使って、よく城下を眺めているそうだな?」

「はい、おしろの外、とてもたのしくて……」


「この王都は、お前の目からどう見える?」

「うつくしいです」


「では、問題を感じたことは?」

「それは毎日、感じます……。ぼく、馬車にはねられたおやこを、見たことがあります」


「本当か? 酷い話だ……」

「その馬車、貴族みたいでした。たすけないで、いっちゃいました……」


「気になる話だ。その件、後ほど詳しく聞こう」

「はい」


 子供の肉体が歯がゆかった。

 6歳の王子の立場では城下の人々に何一つしてやれない。


 頼りの父たちも、城下の事件をいちいち報告されても困るだろう。


「アリクよ、もしもお前に強い権力があったら、その親子に手を差し伸べてやれたかもしれない。……そうは思わぬか?」


 父上が突然に期待を込めて俺を見た。

 自慢のアリク王子が知性を見せると、父上はとても喜んでくれる。


 けれど子供離れした知能は、こちらとしてはまだあまり見せたくはなかった。

 父上と母上の幸せのために、もう少し子供の振りをしていたい。


「アリク、お前が猫をかぶっていることくらいこの父にもわかっている。その高い知能、隠し通せると思っていたら、大きな勘違いだ」

「……でも」


「瞬間記憶スキル。これを持つお前は生まれながらの神童だ。人よりも精神の成熟が早くとも、全く驚かぬよ」

「よく、わからないです、父上……」


 子供の振りをしてごまかすと、父上はまた誇らしげに我が子をのぞき込んだ。

 それから、本題はそれではないと思い出したようだった。


「アリクよ、宮廷は弱肉強食の世界だ。ここで権力を失うことは、家そのものの滅亡を招く。これは王家も例外ではない」


 理解出来ると、俺は父にうなずいた。

 権力争いは、貴族や王族に生まれた者の宿命だ。

 父は俺にそう伝えようとしていた。


「力を失い、形骸と化した王家の末路は悲惨の一言だ。家臣に踏み付けられ、最期は下克上をもって惨たらしく滅ぼされる」

「だからぼくは、リアンヌとけっこん、しなきゃいけないんだね」


「そうだ。だがそれだけではない。お前の才は、権力を失いつつあるカナン王家の希望だ」

「それは、おおげさだよ、父上」


「アリク。私とギルベルトをどうか、その才で支えてくれ」


 父上に正面から両肩を抱かれた。

 綺麗ごとだけじゃない権力争いの世界に、お前も飛び込めと言われた。


 こっちはまだ6歳なのに……。


「僕に、できることでいいなら……父上たちの、力になりたいです」

「そうか! ならばリアンヌ公女との婚約からだな!」


「え……っ?!」


 え、話、飛んでない!?


「嫌か? リアンヌとはすこぶる仲が良いと聞いているぞ」

「でも、リアンヌの気持ちが……」


「うむ、ならばリアンヌ公女の心次第ということだな?」

「え、ええ……っ?!」


 で、でも、相手は元JKだよ……?

 俺は6歳で、リアンヌはまだ8歳なんだけど……?

 それって二重の意味で犯罪じゃない……?


「婚約してくれるな?」

「で、でも……」


 その相手、冒険者になるとか言っているんですけど……?

 あのリアンヌがおとなしく誰かの妻になる未来なんて、俺にはとても想像出来ない……。


 リアンヌはこの異世界を遊び倒すつもりだ。


「頼む。王家の未来のために、アイギュストス大公とより密接な縁戚関係を結びたい」

「父上……」


「どうしても嫌か……?」

「でも僕がイヤっていったら、父上たちはこまるんでしょ……?」


「ああ、これはチャンスだ。断られると困る……」

「なら、うける。それが母上と父上をまもることになるなら、僕はあの子とこんやくするよ」


 それにリアンヌの夢って、他の婚約者が相手だと、もう出奔する他にないだろうし……。

 同じ転生者同士なら、もっと助け合えるかもしれない。


「すまぬな、アリク」

「リアンヌが、なっとくするかは、まだわからないよ……?」


「心配ない。全て父に任せておくがよい」

「あの、むりじいは、ダメだよ……?」


「はっはっはっ、その歳で年上を気遣えるとは、やはりお前は賢いな」


 この日、俺は父上の仲間になった。

 権力争いに明け暮れる宮廷の世界へと身を投じることになった。


 それから一週間ほどが経つと、リアンヌの返事が返って来た。

 『アリク王子との婚約、謹んでお受けします』と記された書簡を、政務室で父上に見せられた。


 俺もインクペンを手に取り『光栄です、リアンヌ公女。共に力を合わせてがんばりましょう』と返信した。


 リアンヌとの婚約記念パーティは、アリクの7歳の誕生日に合わせて行われることになった。

 これで父上の権力が高まり、冒険者ギルドの浄化が進む。


 城下町の不幸な人たちが少しでも減るなら、まあ婚約くらいアリかなって、俺は事態を軽く受け止めた。


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