・1年ぶりのグリンリバーにて - 彼にとってのこの世の終わり -
それから日をまたいだ翌日。
お喋りとゲームでつづられた夢のような夜ふかしから目覚めると、朝から元気なリアンヌに揺すり起こされることになった。
同じようにカナちゃんもリアンヌに叩き起こされて、川に行ったり山に行ったりとまた引っ張り回された。
俺たちは童心に返って午前を過ごし、そんな姿をトーマに舐めるように観察された。
だけど子供でいられるのは午前までだ。
「遅くとも今日の夜には戻るよ。さあ行こう、八草さん」
「カナァ……とーちゃんになんか言ってくれよぉ……っ」
午後は八草さんの馬の後ろに乗せてもらって、父上に報告と予算の請求に行くことなっていた。
リアンヌとカナちゃんはそれがとても不満だ。そのせいで今、八草さんまで逆恨みされてしまっている。
「いってらっしゃいませ、アリク様……」
「ゲストだよっ、私!? 普通ゲストを残して出かけるぅっ!?」
「そうだけど、たった半日くらい仕事させよ。夜にはまた一緒に遊べるんだから……」
「絶対に絶対だよ!」
「カ、カナァ……? と、とーちゃんに、行ってらっしゃいは……?」
八草さんは愛するカナちゃんに『行ってらっしゃい』を言ってもらえないまま、馬の後ろにアリク王子を乗せて領主の屋敷を発った。
……大の男が半泣きで。
「僕がわがまま言ったせいでごめんね、八草さん……?」
「ハ、ハハハハ……覚悟は、付いていやした……」
「覚悟? なんの覚悟?」
「いつの日かカナが……お、俺のカナが……お父さん臭いとか、邪魔とか、嫌いとか、そう言い出す日が……いつかくるってことくらいよぉ……」
八草さんの弱点は今も昔もカナちゃんだった。
ただの逆恨みなのに、娘の態度に魂が抜けかかっていた。
「カナちゃんはそんな子じゃないよ。八草さんのことを僕が褒めると、凄く嬉しそうにするんだよ」
「殿下、後生だ……。今から引き返しちゃぁ、ダメですかい……?」
「僕、八草さんのそういう娘想いなところ好きだよ。でもダメ。お仕事はちゃんとしてね」
俺は八草さんが好きだ。
強くて、頼りがいがあって、でも人間味があって、家族に愛情深い。
「飴とかケーキとか、お土産を買って帰ろうよ。僕もリアンヌの機嫌を取らないといけないし」
少しでも元気付けたくてそう言った。
「あ、そうだ、お金は僕が出すから、新しい香水をカナちゃんに送ろうよ」
ところがさらにそう付け足すと、八草さんの背がまたしおれてしまった。
「殿下……ソイツは殿下の手から渡してやってくだせぇ……。俺ぁカナが幸せなら、それでいいんでさ……それで、ああ、それで……っ」
この世の終わりでも来たかのような悲壮感漂う男と、王都までの辛気くさい旅を楽しんだ。