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・1年ぶりのグリンリバーにて - 見てはならないもの -

 震える足で屋敷の玄関くぐり、気配のする食堂の方に歩いた。

 早く一杯冷たいお茶を飲んで、いまだに収まらないこの胸の動悸をどうにかしたかった。


 ところが……。

 俺たちは非常に間の悪い時にやってきてしまったようだった。


「あーんや。はよあーんせや、ギール♪」

「ニ、ニア……だがこんな現場、もし誰かに見られたら……」


「誰もおらんって。どうせアリクもあの元気な公女さんとこで、キヤッキャウフフしとる頃や。ほな、あーんっ♪」

「あ……あーん……」


 俺たちは決して見てはいけないものを見てしまった。


 信じられるだろうか……。

 その顔の怖さにより、父上やジェイナスよりも恐れられる兄上が、アグニアさんの差し出したむきリンゴにだらしない顔をして、素直に口を開けているだなんて。


「どーや、ギール♪」

「あ……味が……しない……」


 給仕しろと口を開けるアグニアさんに、兄上は自分のリンゴをフォークで運ぶ。

 シャクッと美味しそうな音がした。


「出直そっか……」


 あのリアンヌでさえ、いたたまれない様子で後ずさった。

 5名の近衛兵さんたちも含めてうなずき合い、俺たちはどこかで時間を潰すことに決めた。


「おうっ、きたかアリク殿下、待ってたぜ!」


 だけどそこに、謹慎の解除まで兄上に貸していた八草さんが後ろから現れて、大声で俺の名を呼んでしまったという。


 当然、ニアとギルはこちらに振り返り、ギルの方は口からリンゴの欠片を落として固まってしまっていた。


「見られてもうたなぁ、へへへ、恥ずかしいわぁ……!」

「え、えっと……ごめんね、兄上……」

「悪ぃ……人目を忍んでイチャ付いてるとは思わなくてよぉ……」


 兄上は口元をハンカチで拭い、深いため息を吐いて席を立ち上がった。

 それから兄上は、こちらには視線を一度も送らずにこう言った。


「違う、違うのだ。お前が考えているようなことは何もない。これはただ……手を怪我してな、そこの女に給仕をさせていただけだ……」

「そりゃ無理があるでしょう、皇太子殿下」


「だ、黙れっ、お、俺はこんな女……っっ」

「皇太子殿下、気持ちはわかりやすが、テメェの女の前では言葉を選んだ方が、身のためですぜ」


「と、とにかく誤解だっ! この女とは何もないっ、誤解するなっ、わかったなアリクよッッ?!」


 はいはい……。

 と返したくなったけど、それでは兄上が可哀想だ。

 いくら見栄っ張りとはいえ、アグニアさんの気持ちを考えるとどうかと思ったけどね……。


「僕は兄上を信じるよ。兄上、一年も代官代理なんて変な仕事押し付けてごめんね」


 兄上がここにいるのはそのためだ。

 しかしその役目は、正式な代官である俺がここを帰ってきてしまったため、ここに終わってしまった。


 動揺していたはずの兄上が寂しそうな顔をするから、気持ちがわかってしまった。

 それを見て、普段あれだけたくましいアグニアさんも寂しそうな顔をしていた。


「一泊だけでいいから、兄上と一緒に過ごしたいな」

「ふんっ、子供が大人にそうやって気を使うな。俺にはやることがある」


「本当に?」

「ああ、この口で報告しなければならないことがある」

「ほなちょうどええ、うちも王様に報告したいことがあったんやったわ」


「待て、そんな話は一度も――」

「今思い付いたんや。ほな、うちら行ってくるわ。気ぃつこうとくれてありがとなぁ!」


「お、おいっ、俺を引っ張るなっ!」


 あの恐くて気むずかしいギルベルド兄上をこうも操縦できるのはアグニアさんだけだろう。


「あ、待ってアグニアさん! 兄上に1つ聞きたいことがあるんだけど」

「な、なんだ……? 俺は何もやましいことはしていないぞ!」


 えっと、つまり、したってこと……?


「父上とジェイナスが何かしているみたいなんだ。3日も離宮に帰ってこなかったし、何かやってるの?」


 そう問うと、兄上は返答を迷ってか、しばらく黙り込んだ。


「お前には前科がある。父上とジェイナスは、もしお前が知ればまた暴走すると危惧したのだろう」

「つまり教えてくれないってこと?」


「いや、感づかれた以上は隠しても時間のムダだな。……実はカナン王国内で、現在薬物が蔓延している。それもちょっとやそっとの量ではない。安価で粗悪な品が大量にだ」


 麻薬の蔓延。平和な日本で生まれた俺には予想もしない社会問題だった。


「主な中毒者は王都やアイギュストス港の市民だ。薬物となると高価ゆえ、富豪やその子息がこれまでは多かったのだが、どうやって作っているのやら、安価で粗悪な麻薬が下々の間で広まっている……。それはこのグリンリバーの労働者の間でもだ。これまで2件ほど麻薬所持の報告が入り、処罰することになった」


 兄上は早口でそうまくし立てると、アグニアさんと書斎に向かって荷物をまとめて、まるで突風のようにこの屋敷を出て行った。


 せっかくこうして町を発展させたのに、その発展があだとなって民が麻薬にむしばまれる。

 俺にはどうやってこの問題を解決すればいいのか、まったく思い付かなかった。


 麻薬の蔓延。その問題を解決した者は、あちらの世界の人類史において一人もいなかった。

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