・アリク10歳 - 予算下さい -
政務室に入ると、最近多忙で寝るとき以外は離宮にも姿を現さない父親の顔を、3日ぶりくらいに見た。
「舌を噛んだ? コンラッド特別研究員は相変わらずであるようだな」
「キョキョキョキョキョーッ、キョーシュクでありますぅっっ!!!」
「スカウトした当時は、ここまでコミュ障とは思わなかったよ。あ、それより父上、これを」
キョドりまくりのコンラッドさんと一緒に、計画書を一緒に持ってジェイナスに手渡した。
ジェイナスが特別にやさしいのは子供と王家の人間にだけ。コンラッドさんからすれば、ジェイナスは恐怖の対象だった。
「密かに計画を練っていたとは聞いていたが、どれ……。む……」
ジェイナス経由で父上が目を通した計画書、そこにはざっくりと表現するとこうあった。
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1.アイギュストスとグリンリバーの視察
2.グリンリバーへと水運の邪魔にならない大橋を架けて、近隣の街道を整備する
3.ベアリングの研究
4.ベアリングによる馬車や水車、製剤所の改良
5.電池を作る
6.電球を作る
7.電熱線で電気ストーブを作り、それを使って屋敷に温室を作る
8.効率化に成功したらグリンリバーに送電網敷き、インフラ化させる
9.電気を普及させたいけど、産業革命はさせない
10.アイギュストス領に続く直通の街道整備。山道にトンネルを築いて二つの領地をより近づけたい。リアンヌとの距離を縮めたい個人的な事情もあるが、アイギュストス港とのアクセスを改善するのが狙い。
11.伐採で禿げてしまった東部の丘に新市街を築く。そのためにも暖房のインフラ化が必要。ただでさえ木材の消費が著しい。
12.最終目標、グリンリバー新市街とメインストリートの完全な電化
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これらを全ての計画を解説・図解するとなると、128pでも足りないくらいだった。
父上とジェイナスはまるで兄弟のように寄り添って、俺たちが作った計画書に目を通しては感心している。
「これは30分では精査できぬな」
「だから僕とコンラッドさんがきたんだ。口答でざっくりと解説するよ」
「うむ、頼む。しかしあそこに水運を阻害せぬ橋を架けるというのは、なかなか面白い」
「難しい試みですが、殿下ならばきっと実現されてしまうでしょう」
俺とコンラッドさんは、特に興味を持ってもらえた大橋についての計画を主にして、父上とジェイナスに詳しく解説した。
なんでプレゼンテーションなんて慣れないことをするかと言ったら、予算がいっぱい欲しいから。
この計画には莫大な予算と人員が必要だ。
「計画の第一段階、橋造りの予算ならばすぐにでも出そう。きっとお前が何かを始めると思い、予算をプールしておいてある。……全てをまかなうには到底足りぬがな」
「ありがとうっ、父上っ、ジェイナス!」
「して、そなたはすぐにグリンリバーに赴くのだな?」
「うんっ、アイギュストスでちょっとリアンヌと遊んでから行くつもり!」
「ならばデンカとやらの話は、お前の不在の間、そこのコンラッドに詳しく聞くとしよう」
すると隣から、まるで命の危機を感じたイノシシのような声が上がった。
ご想像に漏れず、それはコンラッドさんの悲鳴だった。
「ム、ムムムリリリィィィ……ッッ、デス……ッ!! ピ、ピギィィィーッッ?!!」
「はっはっはっ、大げさな男だ」
「申し訳ありません、陛下。社交性の低ささえ目をつぶれば、優秀な男なのですが……」
謀略や処刑も辞さぬ独裁者に説明責任を果たせと言われても、コミュ障には絶望しか感じられないだろう……。
でもごめん、コンラッドさん……。
俺、どうしてもリアンヌに会って、アイギュストス塩田とグリンリバーを見たいんだ。
「大丈夫、父上もジェイナスもやってることは普通に怖いけど、それは敵に対してだけだよ。味方には誠実で分別のある立派な――あれ、コンラッドさん?」
ジェイナスがコンラッドさんの顔の前で手を振った。
「……気絶されております」
「むぅ、コンラッド特別研究員には申し訳ないことをしたようだな……」
いくらコミュ障でもほどがあるよ……。
コンラッドさんはジェイナスと父上の手でソファーに寝かされた。
そして約束の30分が経過しても目覚めないので、俺は彼を残して離宮に帰ることになった。
「目覚めたら近衛兵に塔へ送らせましょう」
「ふっふっふっ、目覚めて我の顔を見たら、また気絶するやもしれぬな」
「それは十分過ぎるほどにあり得るね……」
「話は変わるがアリクよ」
「ん、何、父上?」
朗らかなだった父上の顔が鋭くなっていて、つい俺は身構えていた。
「謹慎は解くが、以前のような無茶はもう二度と許さん」
何かと思えばそんな話だった。
「殿下、陛下とリドリー様を早死にさせたくなかったら、親を心配させるような行いは今後一切お控えを。殿下がさらわれたあの時、リドリー様は毎日泣いて暮らしていたのですよ」
謹慎は解除されたけど、あの時の無謀が赦されたわけではなかった。
「アリク、次はないと思え」
「ごめん、もうあんなことしないよ」
「はぁっっ……。親としてその言葉を信じたいところだが、さて、どうだかな……」
「ご自愛を、殿下。殿下はその才ゆえに、時に傲慢で、無謀なところがございます」
ジェイナスにまで言われてしまっては、俺は信頼を得るために実の親の足下で膝を突き、頭をたれて反省の意を示すしかなかった。
「ごめんなさい。反省しています」
「その誓い、ゆめゆめ忘れるでないぞ。我らのリドリーのためにもな……」
父上はこんな時も母上にベタ惚れだった。
まあそんなわけで、かなり深めの釘を刺された王子は共同研究者を執務室に残して、今日中の出立を目指して準備を急いだ。
だけどそういえば、父上とジェイナスはなぜこんなに多忙にしているのだろうと、後から疑問を抱くことにもなったけれど……。
そのときはまだ、リアンヌに会い、塩田を拝むことばかりで頭がいっぱいだった。
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