・プロローグ 略称C.CとA.Cの気まぐれ 3/3
よもやそのゴードンが、自分の前に連れてこられるとは、コンラッドも想像すらしていない。
実際、ジェイナスがゴードンを連れて再び現れた際は、驚きのあまりか口を開けっぱなしにしていた。
「ゴードン、せ、先輩……?」
「コ、コンラッド……か……?」
「なぜ……あ、いや、せ、先輩は城の研究者になったんだった……居て当然か……」
ゴードンは焼けただれたコンラッドの顔の左側に恐怖していた。
幼い頃の自分がやったことに、大人になってから今さら後悔していた。
「コンラッド、俺は研究者を辞めて、実家に戻る……」
「え……っ!? や、辞める……? な、なんでっ!?」
「全てバレてしまったんだ……。俺がお前にやったことが、さるお方にな……」
「さるお方……? それは、なんの話、なんだ?」
コンラッドは報告通りの人だった。
自分を破滅させた男が出世の道を阻まれたというのに、少しも意地の悪い顔をしなかった。
気の毒そうにゴードンを見て、その視線がゴードンを苦しめた。
「子供の頃はバカだったんだ……。だから、あんなことをしてしまった……。悪かった、悪かったよ、コンラッド……」
「ゴードン先輩……」
そのゴードンさんが俺の姿をちらりと見てすくみ上がった。
父上と兄上がああいう人だから、俺のことを必要もないのに恐れる人が増えている。
それは後ろめたいことがある人に限る。と、思いたいところだけれど。
「許してくれるか、コンラッド……?」
「ゆ……あ、いや、許すとは、言わないよ……。だ、だがっ、先輩の謝罪を受け入れよう……。も、もう過ぎた話だ……っ」
お人好しだと、みんなが俺のことを心配する気持ちがちょっとだけわかった。
コンラッドは人が良い。それだけあってなんか危うい。
「ではゴードンのことはこちらで処理をしておきます。コンラッドさんをよろしくお願いします――殿下」
ジェイナスは処罰に恐れ震えるゴードンを連れて書庫を去った。
去り際に種明かしをされてしまったので、俺たちは席から立ち上がった。
僕は驚くコンラッドさんの前に、トーマとカナちゃんを引き連れて進んだ。
「ま、まさか……あ、貴方が、A.C……なのか……?」
「うん、ご名答。僕がA.C、アリク・カナンだよ、C.Cさん」
「ああ、なんだ、そういうことか……っ。な、謎が、と、解けた……」
「謎……?」
「町中の書庫が、スカスカになるわけだ……っ!」
「え、そんなに……? そうか、本の貸し出しについてはごめん……。それで、お詫びと言ってはなんなのだけど……」
悪いやつにハメられてしまったかつての自分と似た境遇に同情したのもあるけれど、でもそういうわけではなく。
俺はだだ、あるべき地位に、あるべき人材をあてがいたいだけだ。
コンラッド・コーエンは、俺とジェイナスと父上の目には、このままにしておくには非常に惜しい人材だ。
「ゴードンが抜けて、塔の研究者に欠員が出た。よければ君をその穴埋めとして推挙したいと、父上と僕は考えているのだけど」
「は……はははははっ、はぃぃぃぃーーっっ?!!」
そんなに驚かなくてもいいのに、書庫中に反響するほどの大声を上げるのでこっちまで驚いてしまった。
「コミュ障気味とは聞いているけど、君の頭脳をただの本の虫にしておくのは惜しいんだ。頼むよ、C.C」
「は、はひっ!? ふっ、へっ!? ほぉぉぉぉっっ!?」
「研究者の塔の研究員となって、僕の仕事を支えてくれないかな」
「な、なんですとぉーーっっ?!」
「お願い」
かくしてコンラッド・コーエンは、アリク王子の推挙により塔の研究者の地位に収まった。
そして俺は、コンラッドさんとの交流を日々続けてゆくにつれ、ある計画を思い付くことになった。
付き合ってみると彼は、ちょっとアブノーマルで、なんというかかなり自罰的で、加えてビリビリする物に目がない。
彼は密かに【帯電石】と呼ばれる迷宮由来の不思議な石を研究していた。
電気ショックで、自分自身の肉体を虐めるためにね……。
そう、コンラッド・コーエンは超ドMだった。
恐らくは少年時代の悲劇がきっかけとなり、倒錯に倒錯を重ねて、自罰に快感を見い出してしまったのだろう。
「じ、じじ、自分は人間のクズだ……っ。痛み……痛みが必要なんだ……っ! そのためのビリビリなんだ!」
「なんで貴重な電気を、個人のマゾヒズムのために使わなきゃいけないんだ。電気はもっと有意義に使うべきだよ」
「で、でで、デンキ……?」
「そう、そのビリビリの名は電気。君が作っているのは電池。君と出会えて僕は本当についていたよ」
彼と彼が研究する【帯電石】を使えば電池が作れる。
その電池があれば、安定した電力供給が可能になる。
電池、コンデンサーがなければ電気の普及は不可能と言ってもいい。
動力が停止するたびに電気機器が使えなくなるようじゃ、古い技術のままの方がまだマシだから。
だから彼とその研究と出会う前は諦めるしかなかった。
「マ、マママ、マゾで何が悪いっ!! ビリビリはいいっ、お、己を救ってくれるっ!!」
「うん、別に悪くないけど、ドン引きかな……」
「そんな目で見られたら、お、おおお、己は……っっ!!」
「まあでもそんなことより、僕はね、僕が任された領地グリンリバーに、油や薪に頼らない照明と暖房を普及させいたんだ。手伝ってくれるかな、C.C?」
謹慎の解除まであと半年。
俺はその半年を、電化という新しい挑戦のための計画立案に費やすことにした。
この9年間、白熱電球で本を読むのが夢だった。
明るい光の中でリアンヌと夜遊びをしたら、もっともっと楽しいに決まっている。
リアンヌの綺麗で愛らしい姿を、夜の間ももっと仔細に目に収められる。
「アリク様……っ、ビ、ビビビッ、ビンタをしていただいてっ、よろしいですかっっ!?」
「……トーマ、やってあげて」
「い、いえっ、自分はアリクさ――アフゥンッッ?!!」
がんばろう。
思いの他に個性がとても強かった、コンラッド・コーエンと一緒に。
「殿下の激励を自分だけ独占しようなど、不届き千万。殿下に激励いただけくのはこの自分だ。ではっ、どうかこのトーマにお願いしますっ、殿下っっ!!」
「……カナちゃん、やってあげて」
電気を普及させよう。
「こ、こまります……っ」
「それはそれで……っ、このトーマッ、喜んで!」
あと、トーマも、落ち着いてね……?