・プロローグ 略称C.CとA.Cの気まぐれ 2/3
それから一週間ほどが経つとC.Cさんの正体についての報告がジェイナスから入った。
ジェイナスの配下の監査官さんによると、C.Cはコンラッド・コーエンの略だった。
年齢は18歳。髪は明るい赤毛で、髪型を僧侶のようなボブカットにしている。
過去に火の点いた油がかかったことで火傷を負い、顔の左側側に大きな火傷痕があるそうだ。
出自は王都で油や酒、日用品の流通、販売を行う商家、コーエン商会の三男だそうだ。
それなりに実家は裕福だそうだけど、城に入れてもらえる身分ではない。
書庫なんてもっての他だろう。
「家業を手伝いもせず、かといって学校に通うわけでもなく、書庫から書庫へとほっつき歩いている本の虫。親からは不良扱いされ、肩身の狭い思いをしている。といったところです」
現代で言うところのニートか。
けれどこの人は相当の勉強家だし、ダメ人間とは思えない。
「でもそれだけじゃないんだよね?」
「と、申されますと?」
「ジェイナスなら3日で調べ上げるのに、報告が少し遅れたのはどうして?」
「フ……殿下に買いかぶっていただけて、このジェイナス、光栄にございます」
おべっかや社交辞令には聞こえなかった。
心の底から、まだ9歳の少年からの信頼をジェイナスは喜んでいるように見える。
「8歳の時にこのコーエンは、国営のロースクールを退学になっています」
「退学とは穏やかじゃないね」
小学校退学がある異世界にちょっとカルチャーギャップを感じたりもした。
「顔の火傷はその時のもので、暴力騒ぎも起こしていたようです」
粗暴な放火魔。大切なアリク王子に近付けたい人間ではない。
言わずとも顔付きだけで、ジェイナスのその思いがわかった。
「残念だけど、お城には入れられないね……。書庫を焼かれるのは困るよ」
「ええ……。ですが報告によると、コンラッド・コーエンの頭脳は非常に明晰であり、暴力騒ぎや放火をするような人間とはとても思えない。と、ありましたが」
ふーん、優秀なんだ。
それに改心したのかな……。
「どちらにしろ城に入れられる経歴ではありません。お忘れを」
「ううん、わがままを言ってごめんね、ジェイナス」
「殿下の笑顔が私どもの喜び。もう半年だけ、ご自愛下さいませ」
ジェイナスはうやうやしく頭を垂れ、忙しそうな早足でこの離宮を出ていった。
・
しかしこのコンラッド・コーエンさん、結局は書庫へと招かれることになった。
彼がやってくる日に合わせて、俺も取り寄せた本をトーマとカナちゃんに運んでもらって、そこで読書をして過ごすことにした。
「ほ、ほほほっほんとうにっ、己がここに入っても、い、いいのかっ!?」
「もう少し静かにして下さるのならば、毎日きて下さってもかまいませんよ」
「な……! ななななっ、なぜぇ……っっ!?」
赤い髪をボブカットにした中性的な人と聞いていたけど、とても18歳には見えなかった。
せいぜい中学二年生くらいの背丈と容姿で、二次成長から見放されたかのような綺麗な姿形をしている。
コンラッドさん――いや、コンラッドくんと呼びたくなる姿の彼は端から見て面白い。
まるでおのぼりさんみたいに書庫の四方を見回しながら、次々と気になる本を両手に抱えていった。
「声、かけないの、ですか……?」
ひかえめにカナちゃんにそう聞かれると、俺は静かに首を横に振った。
「今声をかけても、興味すら持ってもらえないと思う。ジェイナスが戻ってくるまで待とう。……今日は本を朗読してあげられなくてごめんね、カナちゃん」
「いいえ。こうしておともできるだけで、カナは幸せです……。アリク様にすくわれた日から、ずっと……」
「とっ、尊い……っ、くっ、くぅぅ~~っっ」
トーマの両手を揉み絞るような妙な挙動はさておいて。
小姓長ジェイナスは極めて優秀だ。
というのも彼はあの後、俺が諦めた後も、コンラッド・コーエンを個人的に調べさせていた。
そして偶然か必然か、10年前の不正を見つけた。
ロースクールでのコンラッドの暴力と放火騒ぎは、ある上級生が原因となる冤罪だった。
黙っていればいいものを、長い月日と油断がこの上級生の自供を招いた。
その上級生、現在の研究者の塔の新人研究員、ゴードン・ゴドルフィンは、武勇伝を語るようにベラベラとミドルスクールの同級生や女性に真実を語ってしまっていた。
『あの事件はなぁ、最初にあの野郎を殴ったのは俺の方なんだ。平民のくせに、あの野郎が俺に殴り返したから悪いんだ。ハハハッ、だから俺は、火の点いたランプの油を、あいつの顔にぶちまけてやった! 思い上がった息子にお似合いだろぉ!?』
暴力。放火。その全ての濡れ衣をコンラッド・コーエンに着せて、ゴードン・ゴドルフィン子爵令息は恵まれた教育を受けた後に、王の研究者の地位に収まった。