・後日譚 - 生誕パーティ -
アリク王子9歳の生誕を祝いに、国内外からたくさんの人たちがお城にやってきた。
その中にはもちろんリアンヌも含まれていて、ターニャさんやアグニアさん、レスター様まで訪ねてきてくれた。
「アリク様っ、お、お誕生日、おめっ、おめでとう……ございまひゅ……っ。は、はぅっ?!」
ターニャさんは萎縮していた。
玉の輿狙いの本心すら忘れて、ただの素朴な村娘に戻ってしまっていた。
王宮が華やかなだけではない世界であることも、肌身で実感しているようだ。
下心を忘れたターニャさんは、僕には信頼できる友人のように感じられた。
「おめでとさん。ほんま大した王子様や。……で、あの偉そうな兄貴の方は、どこや?」
「兄上ならここじゃなくて、父上の政務室かな」
アグニアさんは相変わらずだ。
なんだかんだ兄上を気にしてくれているのが、弟の俺には嬉しかった。
「あ~、ほんなら来たとき見たわー。近衛兵はんが突っ立ってたあそこやろー?」
「う、うん、そうだけど……」
「そか! ほな、ちょいと挨拶してくるわーっ!」
「えっっ?!! ちょ……っ、あの場所、アグニアさんは、恐くないの……?」
父上と肩を並べられる大貴族ならまだしも、それ以外の者からすれば、あそこは可能な限り近付きたくない場所だ。
場のピリピリとしたあの緊張感と、不敬を許さない雰囲気が今でも苦手だ……。
「ギルの親父さんやろ? ほんならきっとええやつに決まっとるやん」
……ギル?
え、今はそう読んでるの……?
なんか、略称で呼ぶなんて凄く親しくない……?
まさか兄上は、アグニアさんのことを、ニアって呼んでいたり……?
「殿下、案内はこのトーマにお任せを。カナ、殿下に付いてターニャの見張りをお願いします」
「はい、うちにおまかせください……」
トーマはそう言うけど、その後もターニャさんはおとなしいものだった。
そんなターニャさんを母上は気に入ったのか、お茶に誘って親切に面倒を見てくれた。
いや、母上からすれば、ターニャさんは息子を気に入ってくれたガールフレンドの一人みたいなもので、彼女の存在そのものが嬉しいのかもしれない。
・
それからまた少しすると、やっとリアンヌがこの離宮を訪ねてきてくれた。
だいぶ前に到着したとは聞かされていたけど、なかなか離宮に姿を現さないので、いったいどうしたのかとずっと気を揉んでいた。
でもその答えは会った途端にわかった。
リアンヌはスミレ色の新しいドレスをまとい、湯浴みをして、美しいそのブロンドをくしけずってサラサラに整え、まだ11歳なのに薄化粧をして現れた。
8歳の俺には、それが凄く綺麗なお姉さんに見えた……。
「あっっ、その子がカナちゃんでしょっ!?」
「ちょっとリアンヌ……。久しぶりに会った婚約者に、最初にかける言葉がそれ……?」
「だってずっと気になってたんだもん!」
これじゃリアンヌに見とれた俺がバカみたいだ。
せっかくお姫様がお姫様をしていて凄く綺麗なのに、リアンヌはカナちゃんの方に夢中になっていた。
カナちゃんはいきなり手を取られて、驚いていたけど……。
「は、はじめまして……。うち、カナ・コマツと、もうします、リアンヌさま……」
「あはははっ、マジで小松さんなんだーっ! 私リアンヌッ、よろしくね!」
「よ、よろしく、おねがいします……っ。コ、コマツ、です……」
カナちゃんはおっかなびっくりとした様子で、光の陰影くらいしか映さないその目を、赤い絹の目隠しごしにリアンヌへと送っている。
「う、うち……リアンヌさまが、おいやと、おっしゃるなら……っ、侍女を、じたい……するつもりです……」
「ちょっとアリクッ、この子恐がってるじゃない! イジメちゃダメだってばーっ!」
いやなんでそういう結論になるし……。
カナちゃんは凄くいい子だから、自分のせいで話がこじれていることにキョドっていた。
「酷い言いがかりだね。恐がられているのは、むしろ君だよ、リアンヌ」
「え、なんで……?」
「彼女の立場になって少し考えてみたら?」
リアンヌはますますわからないと、首を深く傾げた。
「あっ、あの……っ、うちと、おとうさん……たすけて、くれて、ありがとうございます……っっ」
「ううん、助けのはアリク。アリクの勝手な独断! 相談してくれたら私だって助けに行ったのにっ、ホント水くさいっ!!」
まだそのこと根に持ってたんだ……。
「ステリオスに招待されたのは僕だけ、君を連れていくのは最初から無理だった。それに八草さんっていう頼もしい協力者もいたしね」
「だからって普通自分を誘拐させる……っ!? 謹慎させられるのも当然だよっっ!!」
「リアンヌ、君にだけはそれを言われたくないよ」
「あ……。あ、そっか、あはははっ、まあ確かにそうかもっ!」
明るく元気でまっすぐなリアンヌの姿に、カナちゃんは少しずつ緊張した表情をゆるめていった。
リアンヌが凄くいいやつだって、俺たちのやり取りから察してくれたんだと思う。
「あの、リアンヌさま……」
「ん、なーにーっ?」
「あの、うち……アリクさまに、おつかえして……いいですか……?」
「いいよ! だって小松カナって日本じ――フギュッッ?!」
そのことは不用意に口にしないようにしよう。
そう約束したのに破りかけた子の口を、俺は張り手のように手のひらを押し付けて黙らせた。
「どんな危険を招くかわからない。それは言わない方がいいよ」
「あはは、ごめんごめん、つい勢いで……。あっ、それよかカナちゃんっ、今夜3人で遊ぼうねっっ!」
そう言ってリアンヌはまたカナちゃんの手を取って、人の迷惑なんてお構いなしにブンブンと振った。
「あ……あそんで……くれるのですか……? リアンヌ……リアンヌ、おねえちゃん……?」
「キタァァァァーーーーッッ!!」
「キャッッ、な、なに……っ?」
「アリクッ、この子欲しいっっ、ちょうだいっっ!!」
これは妹認定入ったのかな。
日本人にそっくりの名前と姓に、かわいいこの容姿と、庇護欲を誘う目隠し姿となれば無理もないかもしれない。
元JKからすれば、8歳の子なんて庇護の対象だ。もちろん、それは元大学生からしても。
「リアンヌは君が気に入ったんだ。そういうわけで、今夜は僕たち3人で一緒に遊ぼうね」
「ちょっと、無視!? この子、私にちょうだいってばーっ!」
「しつこいな君も……。こんなに慕ってくれる子を、他の人の部下にできるわけないじゃないか」
「ぁ……っっ。あの……っ、は、はずかしいです……アリクさま……」
「わっ、ロリコン……? アリクってやっぱロリコンだったの……っ!?」
なんでそうなるし……。
リアンヌの思考回路って、どうしてこう飛んでいるのかな……。
そこが面白い人ではあるんだけど……。
「なら君はショタコンだね」
「うん」
「うんじゃないよ……っ」
「ろりこん? しょたこん? なんですか、それ……?」
ごめん、八草さんのためにもそれは教えられない。
同い年の子に言うのも変だけど、俺もカナちゃんの成長が楽しみだ。
だから変なことは教えたくない。
「あ、忘れてた! アリクッ、誕生日おめでとーっっ!」
「ありがとう、リアンヌ。これからもよろしくね」
「こちらこそ! 塩田が落ち着いたら、たまーに遊びにきてあげるから、謹慎がんばっ!」
「謹慎がんばれって、なんか言葉としておかしい気がするけど……ありがとう。修行の機会だと思うことにするよ」
「いえいえ、私のためにイケメンになってね!」
「あのさ……。それじゃ今の僕はイケてないみたいじゃないか……」
「アリクはすっごくかわいいよ!」
「君もね、リアンヌ……」
そこにトーマと母上がやってくると、リアンヌに祝ってもらったからどうでもよくなっていた誕生会へと、渋々出席することになった。