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・後日譚 - 無明の沼のステリオス -

 最初はただ、疲れているだけなのだとワイは勘違いをしておった。

 だがどんなに休んでも、ワイの頭にかかった白い(もや)が晴れることはなかった。


 雄弁家で知られるワイの舌は、アリク王子と奴隷たちに逃げられたあの日から、まるで回らなくなってしまっていた。


 これまで当たり前に出来ていたことが、突然に出来なくなる。ああ……老いとはなんと苦しく、惨めことなのだろうと、ワイは思い知った……。


 食欲もめっきり落ちた……。

 最近は少しも腹が減らず、そのせいで何を食べても美味いとは感じぬ……。


 どんな医者にかかっても、ワイの頭と身体が治ってくれることはなかった。


 ワイは少しずつ、少しずつ、今日まで築いた自分の天下が崩れてゆくのを感じていた。

 その最たるものが、ワイの傀儡であるはずのネストル王だった。


「ステリオス、そなたの言葉にはもう従わぬ」

「く……っ、お前までワイに逆らうのかっ!? ほぅっ、兄王と同じ運命をたどりたいとな……っ!?」


 この便利な操り人形を使って、いつも通りに議決を有利に持ち込もうと、このちっぽけな屋敷を訪ねると、ネストル王は小者のくせにこのワイに逆らいおった。

 情けで生かされてる傀儡ごときが、このワイにだ!


「そう、お前は兄の仇だ。ステリオス、お前は先王を殺めた逆賊だ!」

「ヒヒヒヒッ、お飾りの王が何を言う……! お前はワシに従っていればいいのだよ……っ!」


「我はもう従わぬ。二言はない」

「考え直せ、愚か者めっ!」


 真の王はこのワイだ!

 権威しか持たぬこんなボンクラごときではない!


 強く、賢く、多くの有力者を従わせたワイこそが王に相応しいのだ!


「……頭が回らないのだろう?」

「な……ッッ?!」


「ある頼れる情報提供者が、お前の頭のことを教えてくれた。ステリオスの頭は、もう一生治ることはない、と」


 一生、治ら、ない……?

 そんなはずない……。

 これは、少し疲れているだけだ……。


 一生このままだなんて、そんなはずない!

 これは一時的なショックで、こうなっているだけだ……っ!

 ワイはまだ老いてなどいない!!


「ステリオス、今は叶わぬが、いつかお前を断頭台送りにしてやる。兄王を殺めたその罪から、生きて逃げられると思うな」

「う……ぁ……ぅ……っ。く……っ、き、貴様ぁぁ……っ」


 こんな時、以前のワイならどうした?


 ……ああ、ダメだ。何も思いつかん……。

 頭が、頭に白い靄がかかって、何も、何も浮かばない……。


「お前の天下が長続きすると思うな、ステリオス。私はいつかはこのジュノーを、連合ウェルカヌスをお前の独裁から解き放つ! 衰えたお前など、もう怖くなどないっ!!」


 ちっぽけな屋敷の小さな謁見の間に、見覚えのない鎧を身に着けた兵士たちが現れた。

 いや、待てよ、あの鎧にある紋章は、まさか……。


 カナン、王国……?


「お前がカナン王国のブルフォード家を決起させた策よりは、まだ上品だろう」

「き、貴様……っ、王が国を売るかっ!?」


「国を蝕んできたお前にそれを言う権利はない。今は敵わぬ。だがいつかは、お前を逆賊として討ってやる。覚悟していろ、ステリオス!」


 ダメだ、どうしても頭が回らない……。

 衰える前のワイなら、この程度の反旗などいくらでも叩き潰せたというのに、何もイメージが浮かばぬ……。


「ワイに逆らって無事で済むと、お、思うなよ……」


 何か、何かが変だ……。

 だが何が変なのかも、今のワイにはわからぬ……。

 こんなことなら、頼れる後継者を作っておくべきだった……。


 ああ、八草、ワイの最強の剣士、八草……。

 ワ、ワイの、ワイの敵を、早く斬ってくれ……。


 お前の剣がなければ、ワイは……。

 ワイはただの、老いさらばえた惨めな老人だ……。


 八草……八草……ワイの剣よ……。


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[良い点] ステリオスに花束を
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