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・ただいま - 凱旋から始まる公開処刑 -

 ヤクサさんが囮となってくれたおかげか、追撃は全くといってなかった。


 普通なら馬で長旅をしなければならない陸路の旅も、昼出立して翌日の夕方に、懐かしのカナン王都に帰り着くことになった。


 カナちゃんは嗅覚が敏感で、旅の間、花や木の匂いを次々と言い当てて、野生のイチジクやラズベリーなどのご馳走を見つけてくれたりした。


 年齢の割に大人びている俺たちは、甘い果実を見つけるたびに子供の笑顔で喜んだ。

 こんなに楽しいのは初めてだって、カナちゃんは旅を楽しんでいた。


 でもその旅はもうここで終わりだ。


「アリク殿下っ、アリク殿下ではっ!? ああ、ご無事であらせられましたか!」


 城下町の防壁を抜けようとすると、兵隊さんに捕まってしまった。


「うん、誘拐されちゃったけど今帰ってきたところだよ。お城に急ぎの狼煙を上げてくれる?」

「はっ! 我らが護衛いたします!」


「それはいらない」

「そうはいきませんよ! 陛下もリドリー王妃も、夜も眠れぬほどに貴方を心配しておられたのです。さあ参りましょう!」


 帰り道は罪悪感の道でもあった。

 計画に夢中だった間はよかったんだけど、安全が確保されるなり、父と母への罪悪感で時々胸がいっぱいになった。


「いっしょに、あやまろう……?」

「ありがとう、カナちゃん……。ああ、怒ってるんだろうなぁ……」


 兵士さんが人力車を牽くことになり、俺はカナちゃんと並んで城下町を運ばれた。

 さらわれたはずのアリク王子の帰還に、民は口々に帰還を喜び、良かった良かったととても安堵してくれた。


「はぁ……っ、なんて謝ろう……。ああ、お城まであとちょっとか……」

「そうしていると、普通の男の子みたい……」


「親の前では子供は子供だよ……っ」


 城門を抜けるとそこはいつもの馬車駅と庭園だ。

 そこに憔悴した酷い顔の母上と、父上と、ジェイナスとトーマと、アリク王子を心配するありとあらゆる宮廷の人間が集まっていた。


 これだけ集まると壮観だ。

 その壮観なる出迎えの中で、息子は人力車を降りると、恐る恐る父と母の元に歩んだ。


 どちらも目元に大きなクマができていて、髪の手入れが行き通らずボサボサになっている……。


「は、母――うっっ?!」


 母上が飛び込んできて俺の手を取った。

 やさしく許してくれるのかなって、少しだけ期待したけど、それは大間違いだった。


 手の甲をピシャリと叩かれた。

 でも母上はそれだけじゃ気が済まなかったんだろう。


「え……?!」


 母上は突然、俺のズボンをずり下ろして腰に抱え上げた!


「悪い子ッッ!!」

「痛ぁぁっっ?!! ちょ、は、母上っ、止めてこれは恥ずかしいよっっ、うっ、うわあああっっ?!!」


 な、なんでこんなことに……。

 戦略的に正しいことをしたはずなのに、俺は王宮のみんなの前で、真っ赤になるまでお尻を叩かれた……。


 父上もジェイナスもトーマも、止めようとも笑いもしない。

 アリク王子の身勝手に本当に怒っていた……。


「公衆の面前で少しやり過ぎの気もしますが、良いお母様ですな……」

「ここ数日の両陛下は見ていられなかった。あの程度で済んでまだ幸せでしょう」

「ああ、死んだ母親が恋しくなりますな……」

「いやまったく、同感です……。いやまったく、ご無事で良かった……」


 頼みのカナちゃんは母上の気迫にビビっていた。

 父上はこれ以上の醜態をさらすのもどうかと思ったのか、たっぷり20発強ほど息子の尻が叩かれるのを見届けると、やっと間に入ってくれた。


「詳しい話はそこの白い髪の少女と共に離宮で聞こう。アリクよ、覚悟をしておくように」


 公開処刑が終わると、離宮での仕切り直しになった。

 俺は懐かしの離宮の居間に腫れた尻を落ち着かせ、父上に今回の大遠征の首尾を語った。


 盤面を完璧な状態に揃えてあげたはずなのに、父上は喜んでくれなかった。


「すべては、アリク様のおやさしさゆえなのです……。アリク様は、おとうさんと、うちをたすけるために、わざとつかまってくれたんです……」

「娘よ、カナと言ったか」


「はい……王様、うちらはアリク様に、感しゃしてます。一生をかけてご恩を返すと、おとうさんとやくそくしました」

「その言葉、真だな?」


「ちかいます。うちとおとうさんは、アリク様にすべてをささげます。心から、アリク様のやさしさとゆうきに、感しゃしてます……」


 母上は俺ではなく、カナちゃんの方に同情してやさしくその身を抱き締めた。


 カナちゃんはその抱擁に少し震えていた。

 亡くなったお母さんのことを思い出したのだろう。


「よかろう、それだけの忠義者は貴重であり有用、カナよ、我が子アリクによく尽くせ。ヤクサの罪は、そなたの熱意に免じて、不問とする」

「ほんとう、ですか……っ」


「ああ、貴殿らに罪はない」


 王者としては甘いと思う。

 でも甘さも合わせ持っている父上を俺は誇りに思っている。


「しかし、わかっているな、アリクよ……?」

「うん、代償は承知しているよ。父上と母上が許してくれる日まで、謹慎するよ……」


 そう答えると父上は疲れたような、あきれ果てたような、言葉を失った様子で息子を見つめた。

 きっとこう思っているんだろうな。


 『誰に似たんだ、この子は……?』って。


「我が子アリクよ、此度のお前の身勝手に国中の者が心を痛め、夜も眠れぬほどの悪夢に飲まれた。お前は多くの者に深い心の痛みを与えたのだ」

「ごめんなさい」


 ここまで憔悴するほど心配されるとは思っていなかった。

 まさか国中の人たちが、たかが庶子の王子にあそこまで心を痛めてくれるなんて意外だった。


「アリクよ、10歳を迎えるまでの謹慎を命じる」

「ぇ…………?」


 え、それだけ!?

 想像よりも沙汰が遙かに軽くて、俺はつい笑いかけてしまった!


 たったそれだけで済むなんて、ラッキー!!


「子を家庭に閉じ込めていたがる親が、いるものか……。アリク、よく反省するように」

「はい……ごめんなさい、父上、母上……」


 聞き分けの良い子供を演じてみたけど、どこまで父上と母上がそれを信じてくれたかはわからない。


「カナ、これも何かの縁だろう。お前をアリクの侍女、そこのトーマの部下に任ずる。謹慎中のアリクの手足となり、よく励むように」

「ご紹介に与りましたトーマです。貴女を歓迎します、カナさん」


 カナちゃんはやっぱりヤクサさんの娘だ。

 母上の抱擁から離れると、まだ8歳なのにヤクサさんみたいに膝を突いて王にひれ伏した。


「これでアリク様と、ずっといっしょ……。うち、がんばります……っ」


 これでめでたし、めでたしかな……。

 10歳の誕生日まで、ざっと400日くらいだろうか。


 これはもう、勉強と鍛錬の時間と思うしかないかな。

 だけど後悔はない。王子としては間違っていたのは認めるけど、俺は人して正しい選択を下した。


 カナちゃんの穏やかな姿を見ていると、そう胸を張れた。

 賞賛も栄光もいらない。

 僕はただ、この結末を見たかっただけだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] もうアレクの弱点はバレちゃったんだけどね そこを突かれるかは知らんが
[一言] それだけラッキーとかコイツまじで反省してねぇな……
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