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・鉄と塩と人の業 - 正直者のブルース -

「何っ、なぜアリクお――」

「ごめんっ!!」


 地下牢から駆け上がると、兵隊さんを2名ほど吹っ飛ばして、また魔法の茨でふんじばることになった。

 こんなことならMP+50を全部手放すんじゃなかった……。


 俺はあの庭園に飛び出ると、暗闇の中を駆け抜ける。


「アースウォール……ッ」


 壁の目前までやってくると、騒ぎになること承知で道を作った。

 壁を越えるとその先は小さな堀だ。


 再び術を使い、そこにアースウォールの橋をかけた。


「う……ちょっとクラクラしてきた……」


 【ダッシュ】【筋力強化・小】x2【敏捷強化】×2スキルの恩恵により、心肺面は何も問題ない。

 ただこれ以上の魔法の連発となると、難しそうだ……。


「止まれ! アリク王子、どこに行かれるか!」


 だというのに堀を越えると、屋敷の周囲を巡回していた兵隊さん7名ほどに正面を囲まれた。

 うち1人は騎馬兵だ。

 馬と追いかけっこは避けたいところだった。


 ちなみに屋敷の方ではおじさんと子供たちが強行突破を始めたのか、騒がしくなってきている。


「アリク王子、お戻りを」


 次々と剣が抜かれ、俺はつい一歩後ずさった。

 焦りもあったけど、なんとかあの騎馬兵に不意打ちを仕掛けて馬を奪いたい意図もあった。


「わかったよ」


 俺は両手を上げて恭順の姿勢を見せた。

 ……というのはもちろん、大嘘だ。


 俺の後ろから次々と石ころや庭園のリンゴ、ありとあらゆる物が兵隊さんに飛んでゆくのに合わせて、俺も残りの魔力をウィンドボルトのマシンガンにしてぶっ放した!


「やった、外だ! これで父さんと母さんのところに戻れる!」

「かえれる……ぼくたち、かえれるんだ……っ!」

「自由だっ、もうあんなやつに甘えたふり、しなくていいんだっ!」


 兵隊さんだけを狙ったのに、馬は驚いて逃げていってしまった。

 いや、だけどその馬が彼方で急に止まった。


 敵の増援かと思い、俺は舞い上がる子供たちを背中にして彼方をうかがった。

 でも、【鷹の目】と【暗視】スキルとが映し出した映像は敵の姿ではなかった。


 それよりもずっと、頼もしくてつい気が抜けてしまう人の姿だった。


「突入の機会をうかがってみりゃ、やっぱとんでもねぇ王子様だ……。よう、迎えにきたぜ、色男」

「ヤクサさんっ、きてくれたんだっ!」


「おいおい、そういう約束だったはずだろ。ま、カナと一緒にあのままバックレようとしかけたのは、事実だけどよ……」


 ヤクサさんはその馬に飛び乗り、こっちにやってくると俺に手を差し伸べてくれた。

 俺はそのたくましい手につかまり、馬の背に軽々と運ばれた。


 彼の立場からするとカナちゃんの安全を最優先するべきなのに、それでも約束を果たしてくれたことが俺には嬉しかった。


「捕まってた政治犯とガキどもを脱走させたのか……? おい、聞いてた話と違うぞ……」

「ごめん、つい衝動的に、体が動いてて……」


「その顔とひっかき傷、どうした?」

「子供同士のつまんないケンカだよ。……みんなっ、僕たちはもう行く! お父さんとお母さんところに戻れるといいね!」


 これ以上は計画に支障が出る。

 割り切って逃げなきゃいけなかった。


「おいガキども、そこの茂みの先に俺が乗ってきた荷馬車を隠してある、それを使え。それと、だけどよぉ……。今日まで見て見ぬふりをしてきて、すまなかった……。俺ぁクズだったよ」


 すると『そんなことない』『ありがとう』と、子供たちはヤクサさんに感謝した。

 それはちょっと感動的な光景だったのだけど、ここに長居をしている時間はない。


 俺とヤクサさんは闇夜のジュノーを走り抜けた。

 事前に調べたことだけど、この都市は防壁を持たなかった。


 都市があまりに大きすぎるのと、海に面しているので防壁が十分に機能しないのがその理由だろう。

 夜なのもあって狼煙を上げられないのもプラスに繋がった。


 無線、電話、インターネット、乗用車のない世界だからこそ、俺たちは易々と逃げられた。


 やがて馬は湿地帯へと入り、俺たちは地に下りて森の奥に分け入った。

 しばらく歩くと洞窟のようなものが見えてきた。


「カナと顔合わせる前に、アンタに伝えなきゃいけねぇことがある……」

「なあに、ヤクサさん?」


 ヤクサさんの声は真剣そのものだった。


「俺とカナに手を差し伸べてくれた人は、アリク・カナン、アンタただ一人だけだ……」


 だけど初めて出会ったあの塩田の夜のような、後ろ暗さに声がかすれるような響きはもうなかった。


「俺もカナも、心からアンタに感謝している……」


 ヤクサさんは俺の足下に片膝を突き、蒼銀の剣を己の喉に当てて剣を捧げた。

 それを見て俺は思った。

 これがあの悪党、ステリオスが欲しかった忠誠なのだろう、と。


「アリク様、俺はアンタを必ずご両親のところに送り届ける。そして命を賭けてわびるつもりだ……」

「じゃあ、僕はヤクサさんを庇うよ。全て計画のうちで、ヤクサさんは功労者だって伝える」


「なら俺はっ、アリク王子を見捨てるつもりだったと答えるっ!」

「あのさ……正直にも時と場合があると思うよ。その本音はカナちゃんのために黙ろう」


 カナちゃんを引き合いに出せば折れるかと思った。

 だけどそれは違った。ヤクサさんは静かに首を横に振った。


「悪ぃ、そういうのは性に合わねぇんだわ……。人様の子供さらっておいて、その上嘘を吐くなんてできねぇ」

「古いことわざを教えてあげる。正直者は、バカを見るんだよ」


「正直者で何が悪い」


 俺はヤクサさんの剣を小さな体で取り、剣に口づけをして彼に与えた。

 ヤクサさんはその剣を受け取り腰に戻すと、再び熱い漢の目で俺を見上げる。


「俺たち親子はこのご恩を忘れやせん……。一生をかけて、アリク様ただ1人にお仕えしやす……」


 語調もあってヤクザの契りに聞こえたとは言えない。

 ヤクサさんはやっぱりちょっとだけ、ヤクザっぽかった。


 彼は正直者ゆえに利用され、正直者ゆえにアリク王子をさらい、正直者ゆえにここに忠誠を誓った。

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