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・僕の婚約者は、アイギュストス大公息女リアンヌ

 大公家は王家の縁戚だ。領地も馬車で1日の距離にある。

 到着した頃にはもう日没時で、大公家の人々は王族を迎えるために万全の歓迎体勢で俺たちを待っていた。


「アリク・カナン王子の御成!」


 仰々しい出迎えを抜けると、個室で少し休むことになった。


 大公とその長女はこの日のために、最高級の食材を取り寄せて俺たちを待っていた。

 そう説明されると、ますます気が重くなった……。


「フ……今日のアリク様はいつになく甘えん坊ですね」

「きんちょう、する……」

「大丈夫ですよ、アリク。私は貴方様を不幸になんてさせません」


 やがて暗い夕空から赤い光が消えて、晩餐の時間がやって来た。

 大公家の小姓が現れ、俺たちを食堂へと誘った。


 食堂に入ると、城で何度も顔を合わせたおじさんが寄ってきた。

 その白髪混じりのおじさんこそ、アイギュストス大公だ。


「こんばんは、アリク殿下」

「えと、こんばんは、大公様……」


「おや、緊張しているのかな?」

「ふふ……この子、出発前からずっとこうなんです」


「その気持ちよくわかるよ。私も妻と初めて引き合わされた時はとても不安だった」


 奥の席に女の子がポツンと座っていた。

 桃色のドレスを着た金髪碧眼の女の子だ。


 かわいいかどうかより、どんな表情をする子かが気になった。

 その子は俺と同じように、相手の様子をうかがっていた。


「リアンヌ、こちらに来て王子殿下に挨拶なさい」

「はい、お父様……」


 俺たちは互いの親に背中を押されて、向かい合わされた。

 目の前の相手がお前のつがいなんだと、子の気も知らずに突き付けられた。


 近付いてみると、リアンヌは俺よりも頭半分も大きかった。

 母上がかわいいと言うだけあって、まるでお姫様……いや、本物のお姫様そのものだった。


「は、はじめ、まして……アリクともうします……。あ、アリク・カナンです……っ!」

「リアンヌ・アイギュストスです……」


 お姫様と見つめ合った。

 俺もリアンヌもまだ相手の様子をうかがっていた。


 失望されたり、嫌そうな顔とかはされなかった。

 きっと向こうも不安で、相手の様子をうかがうしかないんだと思う。


 『よろしくね』と言い掛けて止めた。

 リアンヌがこの縁談に好意的かわからない。


「これリアンヌ。お前の方がお姉さんなのだから、アリク殿下の気をやわらげてやりなさい」

「む、無理、言わないで下さい、お父様……」


 親たちは子を食卓の席に着かせた。

 だけどその先にも安堵はない。

 正面の席がリアンヌで、否が応でも目が合う。


 談笑を交わす母上と大公様の言葉が耳に入らないほどに、状況に戸惑ってしまっていた。

 贅を尽くした珍味に果実、子供が好む揚げ芋や甘い菓子、分厚い肉をかじった。


「リアンヌ、アリク殿下を連れて散歩に行って来なさい」

「へ……っ?!」

「か、かしこまりました、お父様……。えっと、こっち……」


「あ、うん……」


 リアンヌに服のすそを引かれて食堂を出た。

 するとリアンヌは深いため息を吐いて、2つ年下の婚約者に振り返った。


「わざわざ来てくれたのにごめんね」

「あ、こちらこそ、ごめんなさい……。ぼく、きんちょうして……」


「でも安心した! キモい男の子だったらどうしようかと思ってた!」


 親が見えなくなるとリアンヌ・アイギュストスは途端に明るく笑った。

 さっきまで慎ましげにしていたのとは別人の、親しみやすい普通の女の子に見えた。


「ぼくもホッとした……。リアンヌさん、思っていたより普通だから……」

「外寒いから、私の部屋に行こ!」


「お、女の子の部屋に……?」

「いいからいいから!」


 リアンヌは邪魔ったそうに正装のスカートをまくると、ずいずいと廊下を歩いて行った。

 階段を上って、少し行けばそこがリアンヌの部屋だった。


 中へと通されることになった。

 天幕付きのベッドに立派な学習机、それに壁に掛けられた木剣が目に付いた。


 え、女の子の部屋に、木剣……? なんで?


「リアンヌさん――」

「リアンヌでいいよ。それか、お姉ちゃん!」


「この剣、リアンヌ、おねえちゃんの……?」

「うん! 私ね、将来冒険者になりたいの!」


「え……ええーーっっ?!」


 王に次ぐ大公家の娘が、冒険者……?

 気持ちはわかるけど、凄い夢だ……。


「ジェイナスさんから聞いたよ、ギルベルト様と豪腕のレスターに剣を教わってるんだよね?」

「う、うん……つよく、なりたくて……」


 前の人生では、弱いせいで散々だったし……。


「じゃあ、アリクも一緒に冒険者になろう! アリクって天才なんでしょ!?」

「そんなことないよ……」


「一度覚えたこと、忘れないんでしょ!? 城から街の人たちが見えるくらい、目がいいんでしょ!? ジェイナスさんが教えてくれたよ!」


 つまりこれって、ジェイナスの手のひらの上ってことだ。

 だけどこれって、思っていたより悪くないかもしれない。


 リアンヌは明るくて、なんだか気持ちのいいお姉さんだった。


「あ、そうだっ、これ読める? この距離から読めたりしちゃうのっ?」


 学習机の本を取って、リアンヌは部屋の端でページを開いた。

 普通なら絶対に読めない距離だった。


「よめるよ。せんそうは、川のながれ、かえたから、ってかいてある」

「すっご……!? 王子様、マジヤバくない!? あ、ごめん、素が出た……」


 そこまでやり取りして俺は思った。

 この子、何かが少し変だ。


 8歳にしては大人びていて、もう自分と自分の夢を持っている。

 それに公女様のはずなのに、妙に庶民的な雰囲気だ……。


「いいなぁ……その目、私も欲しい……」

「じゃあ、少しだけかす……?」


「かす……?」


 リアンヌお姉さんはきょとんとした丸い目で俺を見た。


 俺には【スキルマスター】スキルがある。

 このスキルはどうやら【ギルド職員】スキルの上位互換らしい。

 要するに対象のスキルを操作するためのスキルだった。


「わっっ、なんか出た!? なにそれっ、ゲームの画面!?」


 リアンヌのその反応は、俺にある疑いを持たせるのに十分だった。

 この世界においてゲームといったら、カードとかサイコロとか、そういう遊技のことだ。


 テレビゲームはこの世界にない。


 だったらリアンヌは、俺と同じ転生者なのだろうか……?

 疑いと親近感を覚えながら、俺はスキルスロット画面を操作して、リアンヌの固有スキルを確かめた。


 【女傑】【空白】【空白】とあった。

 驚いた。この子もあの時のリドリーと同じで、空白のスロットを持っていた。


 俺はそのスキルスロットに、自分の【鷹の目】を移してあげた。


「どう?」


 学習机から『淑女の嗜み』ってタイトルの本を取って、リアンヌに開いて見せた。


「ヤ、ヤバい……や、ややや、ヤバ過ぎひん……。っていうか、見えすぎて怖いんですけどーっ、これーっっ?!!」

「こっちは遠くが見えないとなんか落ち着かないよ」


 日本のスラングまでリアンヌの口から出てきた。

 やはりリアンヌは転生者なのだろう。


 今度は窓辺に寄って、カーテンを開いて外が見えるようにしてあげた。


「嘘……。100mくらい先の木の葉の、1本1本まで全部見えちゃう……。な、なにこれぇ……」

「リアンヌってさ」


「でも、ちょっとおもしろいかも……」

「俺と同じ転生者でしょ」


「えっ!?」

「俺も元は日本人」


「えっ、えええーーっ、王子様もそうだったのっ?!」


 腹芸は苦手みたいだ。

 リアンヌはあっさり真実を吐いてくれた。


「前前世では大学生をやっていたはずだった。けど、なんか列車事故で死んだみたい」

「あっ、じゃあ年上だ……。私、高校の時に肺の病気で……」


「年上なのに年下か。なんかあべこべだね」

「そうだねっ! はぁ、なんだ、そうだったんだ……。王子様って、同じ世界の人だったんだ、よかった……」


「お互い緊張して損しちゃったね」

「うん、ホントだよ!」


 親近感が増すと、目の前の女の子がさらに魅力的に見えるようになった。

 リアンヌはまだ8歳なのに綺麗だ。


 これが成長したら、男たちが絶対にほっとかないと思う。

 それくらいに今は魅力的に見えた。


「そろそろ、【鷹の目】返してもらってもいい?」

「え、私これ欲しい……!」


「あげないよ。そのスキルは父上と母上の誇りなんだ」

「残念……」


「でもリアンヌは空きスロットが2つあるみたい。新しいスキルを誰かから抜き取って、そこに移したりは出来るかも」


 でもそれって、人として道徳的にどうなんだろう……。


 ギルド職員アリクはその気になれば、気に入らない人からスキルを奪い取ることだって出来たのに、結局はリドリー母上にしか使わなかった。


「それって、モンスターとかじゃダメなの? モンスターからスキルゲットって、ゲームとかだとよくあるやつだよっ、明日試してみようよ!」

「ムチャクチャ言わないでよ……。6歳と8歳の子供に、モンスターなんてどうにか出来るわけないよ……」


「私、弱いスライムが出る森知ってる! 夜が明けたら一緒に行こうよ!」


 弱いスライムのスキルなんて、それこそ大したことないんじゃ……。

 興味はあるけど、俺たちの身体はまだ子供だった。


「決まり! じゃ、明日はぜひ! よろしゅーたのんますっ、アリクお兄さんっ!」

「だから、そんなことしたら親たちが発狂するってば……」


「へへへー、逃がしませんぜ。私の冒険者の夢のために、一肌脱いでよっ!」

「はぁ……。こっちはアイギュストス大公に同情したくなってきたよ……」


 鷹の目スキルを返してもらうと、俺たちはデザートを食べに食堂へ戻った。

 母上も大公様も、急に親しくなった子供たちに驚き、だが嬉しそうに喜んだ。


 明日何が起きるかも知らずに……。


「うむ。縁談、上手く行きそうですな」

「はい、本当に。リアンヌちゃんがいい子よかったです」


「いや、今は猫をかぶっているだけで、あれはとんだお転婆ですよ……」

「まあ、そうは見えませんね……。でも私は元気な方がいいと思います」


 公女リアンヌはとんだお転婆転生者だった。


もしよろしければ、画面下部より【ブックマーク】と【評価☆☆☆☆☆】をいただけると嬉しいです。

明日から1日1話投稿の予定でしたが、好調なので1日2話更新をもう少し続けてみることにしました。

応援ありがとうございます!



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