幸せに満ちる島-2
まわりの人間が一斉に目を向ける。男がひとり、胸に荷物をかかえて走ってくる。逃げ走る男に、だれもかれもが道を開け、男が通り過ぎると今度はその背中を見送るように道いっぱいに広がってしまう。追いかける人間は、その人垣に阻まれて距離が開いているようだ。エイジもひったくり男の直前で身をかわし、しかし片足だけは残した。
ドッターン!
エイジの足に引っ掛かって、男は見事にすっころんだ。女もののハンドバッグが転がり落ちる。エイジがそれを拾い上げると、ひったくり男はエイジの手にあるバッグと後ろから追ってくる人影を交互に見てから、だっと逃げていった。
「おい、エイジよぉ。あんまり目立つことすんなよ」
いつの間にか離れていたドッジが、渋い顔で戻ってくる。
「そうはいかないだろ。だって、ほら……」
追いかけてきた人物が、エイジの前で止まる。膝に手を突き、肩で息をしている。
「どうも……ありがとう」
ドッジも合点がいった。息を切らせて顔を上げたのは若い女だった。小麦色の肌と長いブロンドヘア。涼しげな目元にアゴ先までシェイプのかかった整った顔立ち。全力で走ってきたせいか、グリーンの瞳が潤んでいる。だめだ。これは、むしろエイジが目立つことをしたがるパターンだ。
「お安いご用ですよ」
エイジはキザったらしい態度で女性にバッグを渡す。
「むしろ私の方が光栄です、レディ。この国に着いて早々、あなたのような美しい方のお役に立てるなんて」
芝居がかったエイジの態度に、かえって女性は戸惑っている。
「え、ええ、っと、観光の方……ですか?」
「ええ、そうです」
そこでドッジが横に並んだのがまずかった。
(え、男ふたりで観光?)
女性が不審な顔をしたのに気付き、エイジは慌てて付け足した。
「ああっと、ビジネスと、ついでに観光も」
「ああ、なるほど」
「そーだ。せっかくこうしてお知り合いになったんだし、どこか面白いところ案内してくれない?」
「え、」
「おい、なに言い出してんだ。仕事の途中だろ」
「いいじゃねぇか、堅いこと言うなって。ねぇ、お嬢さん」
「え、えーっと 」
「ほら、困ってらっしゃるだろ。すみません、コイツ美人を見るとすぐに──」
「べつにかまいませんよ」
「え、」
「ほんとに?」
くすりと女性は笑う。
「ええ、バッグを取り返してくれたお礼。メルバは返さないと。私、モモカって言います」
「ではモモカ、さっそく」
「えっ、ちょっと!?」
エイジはモモカの手をつかむと、目の前の店に飛び込んでいく。
「おいっ、エイジ! おいっ!」
あっという間に二人は店の奥へと消えていく。その後ろで盛大なため息をつくドッジを、旅行者たちが何事かと見ていた。