Ural region Russia / Dec 8th 19:18(Local Time)-10
後ろを見ると、かき分けた雪の溝が線路のように続いている。城からエイジの背後まで続く一本道だ。時間が経てば風雪で消えるだろうが、しかし敵がパニックを収めて行動力を取り戻すのと、どちらが早いか……。
エイジは都合の良い考えをさっさと捨てた。周囲を見渡し、前方の木々の立ちならびを目でたどる。一本の木にあたりを付け、その右側をかすめて進む。雪をかき分けながら十mほど進むと、今度はそこから後退する。かき分けた雪溝を崩さぬよう、注意深く溝のなかを踏み戻る。先ほどの木の根元まで戻ったエイジは、ザイルを頭上の枝へと投げ、樹皮に跡をつけないよう慎重によじ登る。ウラルの野生樹は枝ぶりもたくましく、エイジの体重ぐらいでは折れそうにない。太い枝のうえに立つと、思った通りいい間隔で木々が並んでいる。もう一段うえの枝へザイルをかけ、中央をゲッタウェイヒッチで結ぶ。二本のロープが垂れ下がる。テンション側に体重をかけ、ターザンの様に隣りの木へ飛び移る。そこからリリース側のロープを引くと、結び目はハラリと解け、ザイルを手元にたぐりよせることができる。同じ要領で、もういちど飛び移ると、エイジはそこで木を降り、根元にできた雪溜まりのなかへ体を揺すって潜り込んだ。雪上に跡を残さぬまま、十メートルほど離れたことになる。
銃を抜き、雪に潜ったまま追っ手を待つ。すぐに甲高いエンジン音が聞こえてきた。スノーモービルが二台、エイジの刻んだ道筋をたどってくる。その後ろからも、さらに五、六人が徒歩で雪をかき分けながら追ってきている。エイジは雪溜りに潜ったまま、スノーモービルの動きをのぞき見ている。案の定、二台のモービルは急停止した。エイジの痕跡が突然消えたことに戸惑い、大声でなにかを言い合っている。エイジは一気に立ち上がり二発ずつ発砲。一人目はなにが起こったのかもわからぬまま、二人目はエイジの姿を見た瞬間、絶命した。
銃声を聞いて、後続の歩兵が闇雲に発砲をはじめる。エイジは大股でスノーモービルへと近づくと、それぞれの死体から自動小銃を奪い、一台のモービルにまたがった。二十メートルほど離れてから、後方のモービルへ向けてフルオート射撃。モービルが爆発炎上する。怒鳴り合うロシア語を後に、エイジは一気に森の中を駆け抜けた。
山あいの夜道を一台のRVが走っていく。モスクワへ向かってハンドルを握るドッジは上機嫌だった。
「ふん、ふふん、ふんふんふーん」
「なんだよ、気持ちわりぃな」
「ん? んー? ふっふっふーん。見たいか。見たいか。なぁ、おい、見たいか?」
「うわ、見たくねぇ」
「いいから見ろよ、後ろのカバンの中。気をつけて扱え、コワレモノだからさ」
エイジは渋面を作りながらも、後部座席に置かれたカバンを手繰りよせる。
「なんだ、これ。どさくさに紛れて、かっぱらってきたのか?」
そこには青いガラス片の貼られた美しい壺が押し込めてあった。
「きっと値打ちもんだぜ。幾らになるかな。おい、エイジ。俺はもうこんな仕事やめて、遊んで暮らすぞ」
夜明けへ向かう空が、美しく瑠璃色に染まっていく。車はハイウェイへ上がった。