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第七話 私の気持ち

 この異常な状態は何だろう。兵士が全員集められ、私はその前に立たされている。何事かと私のことを見つめてくる視線の数は数え切れず。レイはレイで後ろに控えているだけで何も話してくれない。どういう状況なの、これ。ヴァルもいないし……。

 季節は夏になりかけている。少しばかり日差しが暑く感じられ、じんわりと汗が浮かんでいるのが自分でもわかる。


 そう思っていた矢先、兵士たちの姿勢が一斉に、一寸違わず同時にただされた。

 ヴァルが城の中から現れた。いつもの全身鎧の状態だ。兵士たちは緊張した面持ちで、私からヴァルに視線を向けている。


「……何を緊張している」

「だって……」


 何をするか聞いていないし……とは言えなかった。あの夜の舞踏会の後、私は部屋に戻って眠り込み、朝になってレイに起こされたと思ったらドレスを着せられてあれよあれよと言う間にこの状態だ。何度も言うようだけれど、何が何だかわからない。


「今日は一つ宣言を行う」


 私から視線を外し、兵士たちに高々と声を上げるヴァル。私ここにいるのかなぁ、と思っていた矢先、ヴァルはとんでもないことを言った。


「この娘、アリエスを我が妻として娶ることとした」


 はっ?


「……何を驚いている」


 ヴァルは横目で私を見て小さくつぶやいた。いや、いやいや私は確かに妻になりますと言ったけれど、今更だし、確かに、昨日は一緒に踊ったしそういう雰囲気だったのかもしれないけれど。それにこんなところで宣言することなの?


 抗議の目を送っても、ヴァルは何も言わないし、レイは嬉しそうに微笑んでいるだけだ。兵士たちは唖然としている様子を浮かべている。


そりゃそうだ。集合させられて突然こんなことを言われるなんて思ってもいなかっただろう。中には戸惑いのあまり辺りとひそひそ話している人もいる。


「静まれっ!」


 一人の兵士が大きな声を響き渡らせた。確か副隊長さんだったはずだ。その声に呼応する様に、また兵士たちは微動だにしなくなった。すごいなぁ……。


「これよりは俺の妻となる。そのつもりで接するように」


 今までのように気楽な接し方はするな、と言いたいのだろうか。それは少し困る。私だっていろいろと手伝いたいし、兵士の皆と仲良くしたい。でも、それは私のわがままなのだろうか。だとしたら、我慢しなきゃとも思う。


「以上だ。今日も魔物との戦いが待っている。各々準備を怠らぬよう」


 そう言って、ヴァルは城の中へと戻っていった。兵士たちも副隊長さんの号令で解散していく。私とレイだけがその場に取り残されてしまった。


「改めまして、おめでとうございます。アリエス様、いえこれからは奥様とお呼びしなければなりませんね」

「い、いつも通りでいいわよ。それよりもどういうことなの、これは……」

「兵たちの気を引き締め直そうとされたのでしょう。それに、今までアリエス様は……僭越ながらこの城で立場が浮いていた者……それをしっかりお決めになったという事でしょうね」


 ああ、そういう……。でも私が来た時にちゃんと妻になりに来ましたって言ったのになぁ。信用されてなかったんだ。ちょっと残念だな……。


「これからは正式にイウヴァルト閣下の正妻となられたのですから、振る舞いも変わるでしょう」

「ええ……やっぱりお手伝いとかそういうことはしちゃいけない?」

「今までやっていた分は私が引き継ぎましょう。アリエス様は励まして差し上げればよろしいでしょう」


 そういうものなのだろうか。やっぱり寂しい気もする。ヴァルにお願いして、今まで通りに過ごせるようにお願いできないかなぁ。私は考え込みつつ、城の中へと戻っていく。兵士たちの視線が、明らかに違っていて、敬意というかそういうのがにじみ出ている気がする。中にはすれ違いざまお辞儀をしてくる人もいた。


「やっぱり息苦しい!」


 私は部屋の中へと戻って、レイに文句を言った。レイは苦笑した様子でこちらを見てくる。


「貴族というのはそういうものです。大丈夫、すぐに慣れますよ」

「だけれども……。これじゃ皆を怖がらせたようなものよ。もっとこう……できるならば喜んでもらいたいな」


 私はベッドに座りながら考え込む。そして、本棚に並べられている本の一つから、恋愛小説を手にした。


「こういう恋愛もあるんだよね……私たちは人に言われてつなげられたけれど、それでも仲良くすることはできると思うの」

「……なるほど」

「何か足りないもの……そうね……」


 私は恋愛小説のページをめくる。すると、そこには結婚式を挙げ、永遠の愛を誓う場面が描かれていた。私はそれを見て、はっと思いつく。


「そうだ、結婚式だわ! 結婚式を挙げましょう!」

「しかし、ここには神父もいなければ、教会もございませんが……」

「なければ用意するだけよ! そう、一人、結婚式の進行を務めたことがあるって教えてくれた人がいたわ。その人に神父役をお願いしましょう。それと、広さで言えば食堂を使えば問題ないわ!」


 私は思い立って、唖然としているレイの肩をつかむ。


「レイ、貴方の力が必要なの。お願い、手伝って!」

「……アリエス様のおっしゃることであるならば、お断りするわけにはいきませんが……」

「ありがとう! さっそく、準備を始めるわよ! あ、ヴァルには秘密にしてね!」

「しかしアリエス様」


 張り切って私が部屋を出ようとしたとき、レイは私の背中に声を掛けてきた。振り向くと、レイは今までに見たことのない真剣な表情を浮かべている。少し鋭い目つきをさらに鋭くさせ、佇まいはどこか整然としていて。背いてはいけないような、そんな気持ちになる。


「改めて問います。あなたは、イウヴァルト様をどう思ってらっしゃるのですか?」

「どう思っているって……それは彼の妻として、しっかり支えなきゃって」

「それはどうしたいか、でしょう? どう思ってらっしゃる、というのは」


 レイが一歩前に出る。私は胸のあたりで手を合わせた。開いていた窓から風が流れてくる。生暖かいはずなのに、どこか冷たい気もした。

どう思っている、と言われて、私は困った。私はどう思っているのだろう? ここに嫁がされ、彼から勝手にしろって言われて。私自身の気持ちを考えたことがなかった気がした。

 勝手にしろと言われて、それに反発してただできる事を探して、それをやりたいと思っていただけで。彼をどう考えていたと思っていたかなんて思いもしなかったのかもしれない。

 でも……昨日の舞踏会は嬉しかった。どうして?

 疲れている彼を癒してあげたいと思った。なんで?


「あっ……」


 やっと気づいた。私は、あの人のことを愛しているんだ。なぜかはわからない。出会って間もないあの人のことを、私は愛している。なぜかというのは答えられないけれど……。


「……愛おしいなって……」


 私はつぶやいた。レイは表情を和らげて、私の手を握ってみせる。


「その気持ちは大事にしてくださいね。そして、胸を張って言えるときまで、結婚式はお預けにしましょう」

「……うん」


 私は頷いた。そうだ、軽々しく結婚式だなんて言っちゃだめだった。私の気持ちも、あの人の気持ちも、まだ固まっていないのだから。


『この娘、アリエスを我が妻として娶ることとした』


 あの時、皆に対してどういう気持ちでヴァルは言ったのだろう?

 私はなんだか心に靄がかかるような気持ちになった。今まで感じたことのない。この気持ちをどうすればいいのかわからなかった。


 窓際に私は歩いた。日差しが私を照らす。その光はどこか寂し気で、私の気持ちを表しているようにも思えた。

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