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第六話 二人だけの舞踏会

 レイが私のもとにやってきて数日が経った。

 レイは常に私のもとを離れず、私のやることを咎めず、一緒になって手伝ってくれた。城の掃除も、食事の支度も。武器の手入れだって最近はやらせてもらえるようになった。

 

 今日もまた掃除をしようと思ったのだけれど、いつもよりも多くの兵士たちが歩いていた。


「今日は戦がないようですね」


 レイが説明をしてくれる。確かにいつも戦いをしていては、疲労もたまってしまうだろう。私は咄嗟に思いついて、レイに声を掛けた。


「それだったら、私の体を癒す魔法で皆を労わりましょう。私たちが無事なのも彼らのおかげなのだから」

「しかし、この数の兵士を全員労わるというのは……」

「できるわ。ううん、やってみせる。レイは兵士たちに私の部屋へ来るように伝えてくれる?」


 レイは珍しく険しい顔をしていたけれど、それでも納得してくれたのか、「承知いたしました」と言って私の元を離れていった。私はひらりとスカートを揺らして、部屋に戻り、兵士たちがやってくるのを待つ。


 しばらくしていると、兵士が二人やってきた。二人ともけがを負っているようで、顔や腕に包帯がまかれている。


「ええっと、レイさんに言われて来たんですけど」

「待っていました。さあさ、そこに座って。回復魔法を使うから」


 そう促すと、兵士たちは訝しげに顔を見あって首をかしげるも、そのうち一人が用意した椅子に座り、私と見つめあう。


「よろしくお願いします」

「はい。では……」


 私は意識を少し右腕に集中させて兵士が怪我をしている部分に当てる。すると緑の光がぼんやりと浮かび上がった。兵士は戸惑いの表情を浮かべていたけれど、私は構わず続ける。そして治療が終わると、兵士は腕を動かして驚いて見せた。


「痛くねぇ!」

「本当かよ! 王都から取り寄せた薬でも治りきらなかったのに……」

「ありがとうございます、アリエス様!」

「ううん、こちらこそ信じてくれてありがとう。他の人にも伝えに行ってくれるかしら? レイも手伝ってくれているけど、一人じゃ大変だろうから」

「わかりました!」


 腕が治った兵士は飛び上がってその場から走り去っていく。そして次に顔に傷を受けた兵士を癒していった。

 そうして兵士たちへ瞬く間に噂が広まり、ついには列ができるほどになってしまった。私は回復魔法を使い続ける。さすがに兵士全員が参加するわけではないけれど、それでも重い傷も負った兵士も治せたから、私はそれだけで嬉しかった。



 そうして列がなくなるころには夕暮れになっていた。


「お疲れ様です、アリエス様。あの、お体には影響は……?」


 レイが心配そうに見つめてくる。彼女も疲れただろうに。私は笑みを浮かべて答えた。


「ないよ。少し疲れたぐらいかな」

「やはり、聖女の家系はすさまじいのですね……」

「ううん……私はこれしかできないから。姉はもっといっぱいできたから、聖女に選ばれたし、第一王子様とも結ばれたの」


 私は元の家のことを思い出す。必要とされなかった私。閉じ込められていた私。……ただ、私にできる事なんて少ないのだろう。

 しかし、レイは私の手を握って首を横に振った。


「これしかできないのではありません。これができるのです」

「……レイ」


 普段の穏やかな表情から一変して、真剣な表情でレイは私に語り掛けた。


「王妃候補のヴェイラ様にはよからぬ噂があります。聖女という名を悪用して、気に食わぬものを追放したり、位を落としたりなど……」

「そんなことを……」

「これは噂の一部でしかありません。もっとひどいことになっているのやもしれませぬ」


 レイの声には何か恨みのようなものも込められているような気がする。それを私がなんであるか訊ねることはできない。訊ねちゃいけない気がするから。私はただ笑ってみせた。


「レイ、もう落ち着こう」

「あ……申し訳ございません、ご無礼を」

「いいの。それよりも、イウヴァルト様の様子を見に行きましょ? あの方もお疲れでしょうから」

「そうですね……ではまいりましょう」


 そう言って、私とレイは執務室に向かう。執務室の扉をノックしてみても、反応がなかった。私が扉を開いてみると、兜を脱ぎ眠っているイウヴァルト伯の姿があった。


 疲れているのかな。このまま寝かしておいてあげたほうがいいかな……と思いながらも、私はそっと近づき、イウヴァルト伯のもとへと歩み寄る。私は彼の体に向かって回復魔法を使い、体の疲れを取ろうとする。


 すると、イウヴァルト伯が起き上がり、少し寝ぼけた様子でこちらを見てきた。こんな無防備な姿、見たことがない。私は柔らかく笑って見せようとした。


「……ッ! 近づくな!」


 だけれど、イウヴァルト伯は私を払いのけるように腕を振り払う。どうして? 私なにかしたのかな……? 私は衝撃のあまりに言葉を失って、そのままレイを置いて部屋を走り去ってしまった。



 しばらく部屋の寝台で仰向けになって天井を眺めていた。みんなには喜んでもらえたのに、なんでイウヴァルト伯は私を払いのけたのだろう? あの呪いがあるから? それとも、私が嫌だから?

 わからない。イウヴァルト伯のことをもっと知りたいけれど、彼のことを知ることができない。それが悔しくて仕方なくて、涙が浮かんできた。


「アリエス様」


 と、レイが部屋に入ってきた。私は涙をぬぐい、起き上がって笑みを浮かべる。でも少し無理な笑みだったのか、レイは苦笑してきた。


「大丈夫ですよ。イウヴァルト閣下は突然のことで驚いただけのようです」

「……そうかな」

「そうですよ。そのイウヴァルト閣下がお呼びです。ドレス姿を見てみたいと」

「え……?」


 意外な言葉に私は戸惑ってしまった。ドレス姿を見たい……? なんで? 私なんかの着飾った姿なんて見ても……。でも、嬉しい気持ちが湧きあがってくる。私はレイに頼んでドレスを着せてもらう事にした。私の髪と一緒の色の、赤いドレスに、装飾品を身に着け。


 私はレイにエスコートしてもらって、イウヴァルト伯の部屋の前に立った。レイが扉を開けてくれたので、私は緊張した心を押さえながらも部屋に入っていく。コツン、コツンとハイヒールの音だけが鳴り響く。少し風が吹いてきて、私の髪を優しくなでた。

 そこには、普段の鎧姿や動きやすい服ではなく、正装をしているイウヴァルト伯の姿があった。


 私たちはしばらく見つめあい、お互いに何も話すことができなかった。私はこの場に来てよかったのか、よくわからなかった。だけれど、来てよかったと思う。


「あの……イウヴァルト様」

「……ヴァルだ。様もいらない」

「え?」

「いい加減、余所余所しくされるのも飽きてきたんでな」


 そう言うイウヴァルト伯の顔は真っ赤に染まっていた。それがおかしくてつい笑ってしまう。


「何がおかしい」

「ご、ごめんなさい。緊張が解けちゃって……」

「緊張していたのか」

「はい。こんな姿をお見せすることなんてなかったものですから」


 私は今度こそ笑みを見せた。しっかり笑えているかな。


「……不思議な女だ」

「そうでしょうか?」

「まあいい。今日は久々に踊ってみたい気分だ。付き合え」

「踊りって……私踊ったことないですけど」

「じゃあ俺が指南してやる。こっちにこい。……顔は触れるなよ」

「え、あ、はい!」


 私は手袋をしたイウヴァルト伯の手に引かれ、彼の動きに合わせるようにゆっくりと体を動かした。

 月が私たちを照らしてくれている。

 なんだか舞踏会みたい。二人だけの……夫婦なのかもわからないけれど……それでも十分な。


「ヴァル、ありがとう」

「……言うのは……」


 最後の一言は風の音で聞こえなかったけれど、どこか心が温かくなる気がした。

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