第五話 新たな友達 初めてのドレス
私がこの城に来て、二週間が経った。あっという間の二週間、兵士たちとも面識を深めていって、私はちょっとしたこの城の顔のようなものになっている。
イウヴァルト伯との関係は以前と変わらず。ただ、話しかければ少しは付き合ってくれるし、前のように私がやることに文句を言う事はなくなった。私が掃除をしようとも、家事をしようとも、ただ放っておかれているだけだった。
それはそれでちょっと寂しいかな、とも思う。少なくとも、突っかかっていた時は彼の心情を感じ取れるようなきがしたから、今はなんとなく流されているようなそんな気もする。彼は何を考えているのだろう。妻になったと言っても、彼に対して何をしていいかわからない。
どうしていいかわからない、と悩んでいると、兵士の一人がこちらに近寄ってきた。たしか門番をしているヘルドさんのはずだ。
「アリエス様、どうやらお届け物のようですよ」
届け物? と言われて私は首をかしげる。元の家からもどこからも、私に届け物をする者なんていないだろうし、どういうことなのだろうか。私は門番に連れられて、門のほうへと歩いていった。
そこには一台の幌馬車が止まっていて、いくつかの箱が積まれている。その近くには一人の女性が立っている。清潔なエプロンドレスに気品に満ちた顔つき。少し厳しそうな目をしているけれど、門番と話している姿はどこか柔らかくて。背中まで伸びたブロンドの髪も私のなんかよりも綺麗に整えられている。
その女性が私を見付けるなり、スカートの裾を持ってお辞儀をしてみせた。私は戸惑い、同じようにお辞儀をしてみせる。これであっているのかな。
「うふふ、あなたはそうしなくて大丈夫ですよ、アリエス様。私はイウヴァルト閣下の要請のもと、あなたにお仕えすることになった使用人です」
「え、しよ、使用人?」
思わず声をどもらせてしまった。使用人、ってなんのことだろう。余計にわからなくなってしまった。イウヴァルト伯が用意したって……?
「はい、何も聞いておられないのですか?」
「はい……」
「なるほど……あの方らしいですね。ご安心を、お金を取ろうとか、そういうことはないですから」
「はあ……」
「それと私は貴女の僕です。どうぞお気遣いなく接してくださいませ」
そうは言っても……と思う。突然のことでどうしていいかわからなかった。とりあえず名前だ、名前を聞いてみよう。
「ええっと、なんというお名前なの?」
「レイ、とお呼びください」
「レイさん」
「さんはいらないですよ」
「あ、はい、レイ」
やだ、押されっぱなしだ。ともかく堂々としておかなきゃ。でも気持ちとは裏腹に、体は緊張してしまって、ぎこちない動きでレイのもとに歩み寄った。それを見たレイが少し笑みを浮かべる。
「そう緊張なさらずとも」
「そ、そうね。そう……あのこの荷物は?」
私が幌馬車の中を眺めると、木箱が大量に置かれていた。レイはこの中で荷物と一緒に過ごしていたのか、と思うとちょっと申し訳ない気持ちになる。
「イウヴァルト閣下からのアリエス様への贈り物ですよ。とりあえず運んでしまいますので、アリエス様はお部屋でお待ちいただけますか?」
「は、はい」
もう言われるがままだ。私は大人しく部屋に戻る。どうなっているのかもわからないまま、時間が過ぎていく。すると、扉からノックの音が聞こえてきた。
「はい」
私が軽く返事をすると、兵士たちとともに荷物を持ってきた。私の部屋が荷物だらけになる。荷物、というか家具もあった。目利きがない私でも立派なクローゼットや化粧台なんかが部屋に配置されていく。
「あの、ええっと?」
「アリエス様に相応しい部屋にせよとのご命令でしたので。私が王都から取り寄せてまいりました」
「そんな、こんな立派なもの……私には」
「御謙遜されないでください。立派な妻になるためには、こういった身の回りのことも整えないといけないのですよ」
そうだったのか。私には貴族というものがわからない。ただ生きるのに最低限のものがあればいいんじゃないかとばかりずっと思っていた。でもそういう外見というか、外面も必要なのか。一個学んだ。
「さて、お服をお持ちしました。ドレスもあります。寸法などはお伺いしましたが、微調整いたしますのでご着用してください」
そこからはもうされるがままだ。今までずっと来ていた服を脱がされ、新しい服を身にまとい、寸法を測られて……その繰り返しだ。私にはもったいない華麗なドレスなんかも着させられた。
「お似合いですよ。お綺麗です」
鏡に映る私は、別人のようで。なんだか恥ずかしくなってきた。それでも、少し赤みかかった茶色の髪と、ぱっちりとした瞳。細い体は私のものだ。
「そ、そうかな」
私は顔を赤らめていった。レイは微笑んで頷いて見せる。やっぱり恥ずかしいな。
「あの、やっぱり普通の服着る」
「承知いたしました。まだまだ寸法を整える服はありますので、今日はこれぐらいにしましょう。一度お脱ぎになってください。お体を洗います」
「ええ、そんなことも?」
「はい」
再び、私はされるがままだった。体を丁寧に洗われ、ぼっさりとした髪を整えられる。
服を着て、再び鏡を見てみると、それだけで別人のようになっていた。
「すごい……。レイは魔法が使えるんだね」
「いえ、これはアリエス様がもともとお美しい方だったからですよ。私は整えただけにすぎません」
私はしばらく鏡を見つめていた。元の家にいたときは自分がどんな顔をしているかなんて、水の反射で少し見た程度だ。鏡なんてものはなかったから、こんな顔をしているんだと思ってしまう。
「さあ、イウヴァルト閣下にご覧になってもらいましょう。きっと喜びますよ」
「え、でも……う……うん。わかった」
一瞬戸惑った私だったけれど、綺麗になった私を見てもらいたいという気持ちはある。レイを引き連れて、私はイウヴァルト伯のいる執務室に向かった。
「失礼いたします」
レイが先行してノックをし、扉を開く。恭しく辞儀をしながら扉をあけておいてくれたので、とにかく入れということなのだろう。私は緊張した様子で部屋に入っていった。
イウヴァルト伯はいつもの通り机の書類にサインをしている。その視線がこちらにやってきた。
「何を緊張している」
「き、緊張なんかして……います」
私はすぐに観念して正直に言った。するとイウヴァルト伯が立ち上がり、こちらにやってくる。そして私の体に顔を近づけて言った。
「……汗臭くはなくなったな」
「……っ! そ、そんなことを気にしていたんですか!」
「当然だろう」
「もう! 伯は意地悪です!」
「……ククク。これで貴族の嫁らしくはなったわけだな」
「……え?」
「さあ、用事は済んだのだろう? 俺は忙しいんだ、戻れ」
そう言って有無を言わさず、私を部屋の外へと追い出してしまう。扉が閉まり、私はその先にいるイウヴァルト伯に叫んだ。
「もう! 今度はちゃんと見てもらいますからね!」
その言葉を聞いて、レイがくすくすと笑っていた。