最終話 そして幕は下りる
三年が経って、私たちの生活は大きく変わった。王都の復興も終わり、今まで通りの生活を送れると思ったのだけれど、そうもいかないらしい。私たちにはやることが山積みだった。
まずは王家に対する不信感への対応。今回エドガー王子や聖女ヴェイラが行ったことに関して国民から非難が上がった。特にエドガー王子に関してはあの悪魔召喚のことで、王家が危険なことを考えているのではないかと噂が流れるほどだった。
私たちは誠意をこめて、これに当たった。王都に住む国民の一人一人だけではなく、他の領地や遺族。はたまた領地を治めている貴族たちにも説明と謝罪を行い、ひたすら国中を廻っていった。その効果も表れたのか、最近では非難の声も少なくなっている。
そしてエドガー派にいた貴族たちの処遇だ。最後の最後まで彼に味方していた貴族たちは、最初私たちを恐れて領地にこもっていた。すぐさまこちらに寝返る者もいたけれど、どれだけ信用していいのやら。まあでも、今と言う状況では仲間が多いに越したことはない。ヴァルは王家代表としてその貴族たちと面会し、領地の一部を取り上げる事で処遇を終えた。もちろん、その貴族たちが変な動きをしないように監視役はつけている。
そういえばリール男爵は今回の功績をたたえられ、領土を広げられた。そして子爵の地位を与えられた。リール男爵は最初当たり前のことをしたまでと固辞していたけれど、ヴァルの説得や私からのお願いもあり、最終的には受け取ってもらえた。
そして……一番大きく変わったのは私たちの地位である。
今から半年前、ジェームズ国王が静かに息を引き取った。呪いから解放されたとはいえ、弱った体には大きな負担だったようだ。しかし、私たちも居合わせていたけれど、本当に幸せそうに、安心した様子で眠りについていた。国葬も行われ、多くの国民や貴族たちがジェームズ国王の死を悼んだ。それだけ愛されていた王なのだと思う。
だからこそ、私たちも気を引き締めなければならなかった。イダもしばらく国に滞在していたけれど、ジェームズ国王の葬儀が終わってすぐに旅立っていった。またどこかで罠を仕掛けて、修行を行っているのだろう。いつまでも長生きしていてほしい。
ジェームズ国王の後継ぎには王太子であるヴァルが指名され、私たちは今、国王継承の儀式を行っている。ヴァルが王様になれば、私が王妃になる。それは当然のことだったけれど、聖女で王妃というのはなんだか重いような気がして。私は不安で仕方がなかった。けれど、レイやアレキサンドロス公爵たちも補佐についてくれると言ってくれたので、私も覚悟を決めてその儀式に応じていた。
「王太子イウヴァルト。全知全能の神の元、この国を豊かにし、国民のために働くことを誓うか?」
「誓います」
「聖女アリエス。そなたは国王の妻として、王妃として、この者と国を支える事に全力を尽くすことを誓うか?」
「誓います」
私たちはそうして、玉座に座ることになった。それで私そのものが変わるわけではないけれど、周りからの目は大きく変わることになるのだろう。
それでも、私はヴァルに……あの人に尽くしたいと思っている。ヴァルは今玉座の前で貴族や有力者を前に演説を行っている。ヴァルらしい実直なそれは人々の心を動かしたのか、一斉に拍手が巻き起こった。その中にはレザウント侯爵も、夫人もその取り巻きもいた。懐かしいなぁと思いつつも、彼女たちも嫌味なく素直に拍手を送っていた。
ひと段落して、私たちはバルコニーで小さなお茶会を楽しむことに。ヴァルはいつもの蜂蜜たっぷりの茶を口に含む。
そんな中、どうにも私は何か忘れているような気がしてならなかった。なんか重要なことが……。
「あああ!!」
「どうなされました王妃様。突然」
「レイ、大事なこと忘れていたよ!」
「口調が崩れておりますよ」
「そんなこと今は関係ない! そうだよ、ずうっと五年まえからずうっと考えていたこと!」
「……俺たちと出会ってからか?」
「そう! 結婚式!」
私の言葉に二人は沈黙した。しかし私はまくし立てて、その重要さを伝えようとする。
「だって、私妻になりますって言って、それだけで! で結婚式挙げようってレイに言ったらまだ早いって言うし! なんかいろんなことが起こりすぎて忘れちゃったけれど! もう、だから、結婚式がしたいの!」
「いつになく我儘だな」
「ヴァルはしたくないの!?」
「結婚式なんかしなくとも愛は示せているだろうに……」
もう、なんで伝わらないかなー!? 私は机をたたき、ヴァルに詰め寄る。ヴァルは珍しく後ろのめりになって驚いていた。
「それじゃダメ。結婚式は乙女のあこがれなの!」
「お前も乙女と言う歳では……」
「あーあー聞こえない。きこえーなーい! ともかく……! 本格的に忙しくなる前に、式を挙げましょう!」
「……むう、仕方ないな。では今やろうか」
「え?」
意外な言葉を受けて、私は呆けてしまった。ヴァルは立ち上がり、私の手を取る。何かを察したのか、レイはごほん、と咳払いし、私とヴァルの間の前に立った。
「えー、では僭越ながら。夫となりしイウヴァルトよ。全知全能のもと、永遠の愛を誓うや?」
「誓います」
「妻となりしアリエスよ。全知全能のもと、永遠の愛を誓うや?」
「え、あ、え、あはい。ちかみ、誓います!」
「それでは、誓いの口づけを」
え、ええ……突然結婚式が始まっちゃったのだけれど、私どうしたらいいのよ。いや、でもキスよね、キス。キスってどうするんだっけ、こうチューってやるんじゃなくて、えっと。
「…………!」
私の口がふさがれた。ヴァルの口づけによって。私、キスされちゃった。
「……俺も、いつかはこうして口づけをしたいと思っていた。だが、それを誰かに見られたくはなかったのでね」
ヴァルはそう言って、ポケットから一つの箱を取り出し、開く。そこには小さいけれど、美しい宝石があしらわれた指輪があった。指輪を手にすると、私の薬指にはめ込む。
「……受け取ってくれ。五年越しの、プレゼントだ」
「え、じゃあ」
「ずっと渡し損ねていた」
「……もう!」
私は不意打ち気味にヴァルの口にキスをする。まあまあ、というレイの声が聞こえるけれどもう気にしない!
私たちは永遠の愛を誓ったのだもの、これぐらいは許してよね!
私たちの愛は、ずっと続く。死がその身を分けたとしても。私たちは、ともに歩んでいく。
世界に嫌われていた暗黒騎士と、出来損ないと言われた令嬢の物語は、幸せな幕引きとなったのだった。
fin
最後までお付き合いくださり誠にありがとうございました。ずいぶん急ぎ足な更新になってしまい誠に申し訳ございません。少しでも楽しんでいただけたのであれば作者冥利に尽きます。
できれば評価やブックマークで応援いただければとても嬉しいです。
読んでくださった方々の皆様に支えられてここまでこれたと思います。
これにて、アリエスとイウヴァルトの話は終わりますが、これからも頑張って作品作りをしていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
それではまた、お会いできる日まで。





2巻