第二十四話 新たな聖女
ヴェイラは呪いをまき散らすのもお構いなしに、使用人や兵士たちを突き飛ばしては私のほうへと向ける。王宮内が悲鳴で包まれていった。私は歯を食いしばりながらも、ヴェイラの後を追う。
エントランスホールまでやってきた。ヴェイラは用意されていた馬車に乗り込み、そのまま急発進していった。私は息を切らしながらも、その場で何か追いかけるものがないかと探す。
「アリエス様!」
と、レイの声が聞こえてきた。彼女が馬車を持ってやってきてくれたのだ。御者席にはリリンが座っている。二人とも、本当にありがとう! そんな気持ちを持ちつつも、すぐさま馬車に乗り込む。
「さっきの馬車を追いかけて! でも街中では人を轢かないよう!」
「わかりました!」
リリンが馬に鞭を撃つ。馬車は走り出し、前を猛烈な速度で走るヴェイラの馬車を追いかけ始めた。少しずつ、馬車に追いつこうとするも、先に王宮の城門をヴェイラたちが抜けた途端、橋があげられようとする。あくまでも阻もうというのか……!
「アリエス様、レイ、しっかりと捕まっていてください!」
リリンはさらに鞭を叩いて速度を上げ、斜めになっている橋を馬車が駆け抜ける。そして空を飛び、馬車は地面に着地した。そのままの勢いでヴェイラたちを追いかける。
「すごい、リリン」
「舌を噛みますよ!」
「う……」
なんだか性格も変わっているような。それはもう気にしないでおこう。ともかく、ヴェイラの馬車だ。あれはもはや暴走しているようにも見えて、露天などにも突っ込んでは破壊していく。もはや自分たちの事しか考えていないようだ。
「いやあぁぁぁぁ!」
その時、女性の悲鳴が上がる。私はリリンに「止めて」と伝えて、馬車を降りた。ヴェイラの馬車は遠ざかっていくが、それよりも何が起きたかを突き止めないと。
私がヴェイラの馬車が通り過ぎて行った先を見ると、そこには頭から血を流して倒れている女の子と、それを抱えて泣き叫ぶ女性の姿だった。ヴェイラの馬車が跳ね飛ばしたのか。
私は怒りの感情が沸き上がりそうになったけれど、それを抑えて親子の許へと歩み寄る。
「どうしたの!?」
「ああ……あの、先ほどの暴走馬車にはねられて……」
「見せて!」
私は女の子を抱きかかえる。まだ三歳になったばかりぐらいの小さな子が、顔を真っ青にして、血を流し、呼吸も弱く今にも死に絶えそうになっている。
私は急いで回復魔法を使う。お願い、助かって、その感情を沸き上がらせ、治療を始めた。女の子の顔は依然として苦しそうだ。傷もふさがっていないようにも見える。私の魔法じゃ、ダメなの? いいや、そんなことはない! 私にだって、私にだってできるはず。
「お願い、私の魔法……! もっと輝いて……! この子を助けてあげて!」
それはまじないをかけるかのように。私は魔法を強めていく。すると緑の輝きがさらに強くなって白い光となり、女の子の体を包み込んだ。
周りから感嘆の声が聞こえてくる。女の子を包んだ光は徐々に弱まっていくと、そこには傷もふさがり、しっかりと息をしている姿が現れた。
「お、かあ、さん?」
「ああ……っ! ありがとうございます、ありがとうございます!」
助かってよかった……私は汗をぬぐいながらも、笑みを浮かべて親子を安心させる。子供を母親に戻すと、彼女は愛おしそうに抱きしめた。
「聖女様……」
誰かがそうつぶやく。人々がこちらに集まってきた。
「さっき轢いた馬車の中に、聖女ヴェイラ様がいらっしゃったぞ? どういうことだ?」
「聖女様が人を轢くなんて……しかもそのまま逃げ去るなんて……!」
「いや、あれはもう聖女ではない!」
「この方が本当の聖女様だ、本当の……!」
あたりがざわめき、それは喝采に変わる。私は少し恥ずかしくなって立ち上がり、馬車に戻ろうとする。しかしそれを男の人が止めた。
「聖女様、こっちにも怪我人がいるんです、助けてはくれませんか!?」
「こちらにも……さっきの馬車に撥ねられて……!」
「聖女様!」
人々は私に縋りつく。ヴェイラを追いかけるのはやめだ。私は助けたい人を助ける。リリンたちに目配りをして馬車から下し、怪我人の治療を始めた。
ヴェイラの「何もかも終わりだ」という言葉が気になるが、その前に、彼女に傷つけられた人々を治したい。それが、私の役目なのだから。
ともかく怪我をした人々を治療し終えたところで、ヴァルとリール男爵が駆け寄ってきた。どうやら、王宮の混乱も収まったようだ。
「王も無事だ。こっちは大変だったみたいだな」
「あの人を追いつめた私たちの責任もあるけれど……それでも聖女となった人のやることじゃないわ!」
「ああ。その件について、国王陛下直々にヴェイラを聖女の地位から下すことを決定為された。新しい聖女は……お前だ、アリエス」
はっ?
「はっ? じゃない。当然だろう、聖女の血を濃く受け継いでいるのはお前だけしかいないのだから」
「いや、でも、急すぎない?」
「今の事態が急激すぎる。仕方がないとあきらめろ」
ヴァルは苦笑して見せた。うぬぬ、私はその器じゃないと思うのだけれど……。
「本当の聖女様になられたのですか!」
「聖女様万歳!」
「この国をお守りください! 聖女様!」
周りの民衆が先ほど以上の喝采を上げる。私はだんだんと顔が熱くなるのを感じてきた。そんなことよりも! 私たちはヴェイラを追いかけなきゃならないんだ。
「今はヴェイラのことだよ。あの人の言い残した言葉も気になる」
「ああ……そうだな。すぐに調べてみないとな……リール男爵、この場は任せた。俺たちは王宮に戻り、対策を練る」
「承知いたした! ほら皆、聖女様がお通りだ! どけどけ!」
リール男爵のおかげで、民衆も散り散りになり、元の平穏に戻る。心なしか、重々しかった雰囲気も軽くなったようにも思えた。私はふと笑みを浮かべつつ、王宮へと戻る。王宮では呪いで亡くなった人もいたようだ。私はあの時立ち止まるべきだったのか。それはもう、わからなかった。
ジェームズ国王のもとへ行くと、ゲホゲホとせき込んでいる姿が見られた。
「よくぞ戻った……聖女よ」
「そんな大層なものじゃありません。ですが、ご無事でよかった。今回復魔法をかけます。多少は楽になるかと思いますので、断らないでくださいね?」
私は答えも聞かず、ジェームズ国王の許へと歩み寄り、回復魔法を使った。緑の光ではなく、白い光が彼の体を包む。あたりから「おお」という声が聞こえてきた。私も、こんな風に魔法を使うのは初めてだ。
「楽になった、ありがとう」
光が消え、ジェームズ国王の表情が幾分楽になったようにも見えた。だが、呪いは解けないままだ。
「うむ……声も出しやすい。良い妻を持ったものだ、イウヴァルトは」
「光栄の極みでございます。しかし……前聖女、ヴェイラは何かを企んでいるようでした。それについて調べなければなりませぬ。……場合によっては王軍をお借りすることも」
「認めよう。私に変わって、王軍を率いよ、王太子イウヴァルト」
私はとんでもない言葉を聞いてしまったのかもしれない。ヴァルもまた、呆気にとられた表情を浮かべている。
「……今なんと?」
「王太子、と言った。遺言もそのうち遺す。……この国を治めてみよ」
その言葉にヴァルは首を横に振る。
「また早計な……まだ生きてもらわねば困ります。私には、王たる器もなければ教養もないのですから」
「……はは、そうだな。ともかく、前聖女のヴェイラのことを……」
「失礼いたします。レザウント侯爵、以下八名の方が可及的速やかに謁見をしたいと申しております」
と、親衛隊の一人が敬礼をしてジェームズ国王に伝える。ジェームズ国王はヴァルを見つめて言った。
「わかった、謁見をしよう……しかしこの状態である。代わりに王太子のイウヴァルトが対応するが、いいな?」
「王太子ですと……!? わかりました、そうお伝えいたします」
「イウヴァルトよ、行ってこい。最初の仕事だ」
「……はっ」
「アリエスも、次期王妃としてしっかりとイウヴァルトを支えてくれ」
「はははは、はい!」
次期王妃なんて……そんな聖女になったことも嘘のようなのに。もうなんだか事が急すぎて、何が何だかわからなかった。ともかくヴァルに付いていき、王宮にいるレザウント侯爵と対面した。レザウント侯爵の後ろには七名の貴族が控えている。彼よりも地位が低いものたちなのだろう。
「お話は聞かせてもらいました、王太子」
「……ああ。私もまだ実感がないが、よろしく頼む。それで、用件はなんであろうか。父に代わって聞かせてほしい」
ヴァルがそう言うと、レザウント侯爵は頷いて言葉をつづけた。
「はい。私たちはカラディア公爵にそそのかされて、王家転覆を行うところでした。今もなお、カラディア公爵は戦の準備を行っております。そのことをお伝えに参りました」
「なるほど……しかし、カラディア公爵はエドガー王子の寵愛を受けていたはず。普通ならばそのまま公爵家は王家の仲間入り……となるはずだが」
「きっと戦いそのものは行わないつもりだったのでしょう。都入りし、禅譲を図る……それが狙いだったのかと」
「なるほどな……。しかし、そなたたちは味方をしないと」
「はい。利がございませぬからな」
「はっきりと言うな。しかし、それゆえに信用できると言える。では、王軍としてそなたらを組み込むが、文句はないな?」
「御意のままに」
すごい会話だと、私は茫然としながら聞いていた。そんな私をレザウント侯爵が見て、苦笑しながら言った。
「次期王妃殿もしっかりしてくだされ。我が妻が認めた方なのですからな」
「……夫人が?」
「ええ、悔しそうにしておりましたがな」
そうか、あの人も私のことを……なら、もっとしっかりしないとね。私はヴァルの方を向いて、お辞儀をして言う。
「貴方様が王軍を率いている間、私は貴方様の呪いを解く手立てを見つけます。エドガーの動きもわからないままです、お気をつけて」
「わかった。ありがとう、我が妻よ。では、参るぞ! 案内せよ、レザウント侯爵!」
「ははっ!」
こうして、王軍と私の元の実家との戦いが始まった。それは、一方的な戦いだったという。





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